藤原新也 「書行無常」

2011/11/13 Sun 15:30

書行無常

二十歳頃から藤原さんのファンでずっと愛読してきましたが、
この本は代表作の一つになりそうです。
近年は足下の何気ない日常や、自身の故郷、ルーツに眼差しを向けた
どちらかというと静かな雰囲気の作品が多かったのですが、
今回はかつてのFOCUSでの連載を思い起こさせる、
過激かつ攻撃的なパフォーマンスアートもぶちかまし、
社会に対する鋭い批評性が前面に出ています。
とにかく67歳にしてのこの発想力、行動力は本当にすごいです。

藤原さんはずっと「メメント・モリ」や「東京漂流」などで見られるように、
写真の上に言葉を重ねるという表現手法をとっていましたが、
前作の「死ぬな生きろ」ではその言葉が活字から藤原さん自身の書になり、
それによって文字が人格を得たかのようにして写真と対置されていました。
今回は更にその書が写真の中に被写体として入り込み、
切り取られた風景の中に独特の存在感を持って存在しています。
藤原さんがそれぞれの現場に赴き、その場で閃いて書きつけられた言葉は、
時にはユーモアにあふれ、時には祈りを込めたモノローグのように、
時には激しい怒りを叩き付けているようです。
中でも富士青木ヶ原樹海、108本の「死ぬな生きろ」の画像は圧巻です。
写真を見た瞬間、思わず鳥肌が立ってしまいました。

この本は、(震災前の)日本、中国、インド、そして震災という
4つの部分で構成されていますが、
まずは自分も昔バックパックを背負って歩いたインド篇が印象的でした。
文中「40年ぶりのインド回帰」との言葉がありましたが、
40年前というと1970年頃ですから...えっ?
処女作の「印度放浪」の頃から40年ぶり?なんでしょうか?
だとしたら藤原さん自身もとても感慨深かったのではと思います。
それにしても、インドも経済発展してかなり現代化が進んでいるはずなのですが、
今回のインド写真は40年前の「印度放浪」とほとんど変わらぬトーンで、
かつて私たちを魅了してくれた "藤原新也の印度" そのままです。
それはやはり、生と死、あるいは死から見た生、といったものを
写真から強く感じるからかもしれません。
ガンガー河岸で燃やされる「無常」と川に流される「苦楽苦楽苦楽」も、
そんなアジアの死生観を強く意識した書行といえます。

書行無常


しかし、やはりこの本に特別な重みを感じるのは、
最後の震災篇が加わったことによるものでしょう。
この「書行無常」は週刊プレイボーイの連載企画だったのですが、
ちょうど連載が終了する頃に大震災が発生しました。

すべてが死に絶えたような瓦礫の山を照らす美しい満月の光。
自分がもしこんな光景の前に立っていたら、
一体どんな言葉が出せるだろうか?…全く想像ができません。
藤原さんは、その光に最初は怒りや憎しみを、
そして次第に慈しみを感じたと書いておられます。
悲惨な現場のところどころに嘆きと祈りを込めた書が挟み込まれ、
犠牲者に対する鎮魂の思いが伝わってきます。

終盤は、春の息吹を感じる野山や民家の庭、路地の風景です。
優しい眼差しを感じる穏やかな写真なのですが、それが逆に、
この何の変哲もないどこにでもある日常の風景が、
いかにかけがえのない大切なものであるかを痛切に感じさせます。
最後は見事に咲き誇る満開のしだれ桜で終わりますが、
これは福島の三春のしだれ桜のようです。
たとえここに放射能の風が忍び込んできているとしても、
この生命力の象徴のような満開の桜の写真から、
被災地とそこに生きる人々の再生を願う気持ちが痛いほど伝わってきます。
それは私たち皆が願っていることでもあるのですが。

表現者ならば、この未曾有の大震災とどうかかわるのか、
決して避けては通れないテーマだと思うのですが、
藤原さんが行動し自問自答を経てたどり着いた答えは、
自分が被災地に救われているのだ、という意識だそうです。
別に表現者というわけではない自分も、同じ時間を生きる人間として
この困難に対してどうかかわればいいのか?
いくばくかの義援金を送り、励ましのメッセージを書いた程度で、
何か具体的な行動を起こしたわけではないのですが、
皆と同じように、誰かを助けたいという気持ちも確かに心の中にはあります。
苦しんでいる人を助けることによって結局自分が救われていた、
といった話はよく耳にしますが、
困難を乗り越え、お互いに相手を救い合うことができるのは、
やっぱり最後は人が人を思う”気持ち”ってことなんだろうなあ、とか、
いちいち言葉にしてみるとまるで当たり前のことのようですが、
そんなことも改めて考えてみたりしています。

そして写真集の最後の数葉、ここはガンガーか、あるいは被災地の海でしょうか、
かろうじてものが見えるくらいの薄闇の中、
空との境目もはっきりしない水面に弱い月の光が射し、鳥が舞い飛んでいます。
この写真をじっと眺めていたら、この仄暗く朦朧とした世界が、
いずれ誰もが再び戻っていく世界のようにも見えてきました。

書行無常



11月5日から東京・神田の"3331 Arts Chiyoda"で、
「藤原新也の現在・書行無常」展が開催されています。(2011.11.27まで)
ブログの感想などを読むと、大判の写真と書ですごい迫力の展覧会のようです。
見に行きたいけど無理だなあ..。

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