「没後30年 鴨居玲展 踊り候え」
(石川県立美術館 10/25まで)


鴨居玲は自分にとってちょっと特別な存在の画家です。
というのも、1枚の絵にそれこそ心を揺さぶられるほど感動した、
という体験が今までの人生の中で1度だけあって、
それがこの鴨居玲の「1982年 私」という絵だったからです。
この絵は石川県立美術館の常設展示室にあり、初めて見たのは
確か石川県に越して来て間もない23~24歳くらいの頃でした。
この絵に出会えたこと、またこの絵以外にも鴨居玲の絵が県立美術館にたくさんあるのは
石川県に住んでいて良かったと思うことの一つですね。

鴨居玲 1982年私


この「1982年 私」は、鴨居玲の代表作にも挙げられる有名な作品です。
中央に何も描かれていない真っ白なキャンバス、その前に筆もパレットも持たずに、
もう何を描けばいいのか..と、惚けた様に座る画家自身。
周りには、画家が今まで描いてきた人物たちが幽霊の様に取り巻いています。
左下にいる隻腕の老人は、何も描けなくなった画家を心配するように、
首を伸ばして覗き込んでいるように見えます。

初めてこの絵に出会ったときの印象を無理やり言葉にしてみると、
画家の周りを取り巻く、うなだれて決して幸福そうには見えない人たち、
彼ら彼女らの送ってきた人生、その長くて苦しい時間の重みがどっと押し寄せてきて、
こちらの心の中に容赦なく一気になだれ込んで来た、とでもいうか..。
かつて彼らが命を与えられていたキャンバスは、ただ真白い光を跳ね返すばかり。
彼らを描くことによって名声と栄誉を得た画家は、今はなすすべなく途方にくれ、
古い友人たちに囲まれていながら、あるいは囲まれているからこそなのか、
悲しみと苦悩にあふれているようです。

当時は鴨居玲についての予備知識も全くなくて
ただふらりと常設展示室に入って偶然目にしたのですが、
おそらく誰が見ても絵の主題はすぐに理解できるでしょう。
じっと見つめていると心の底からいろんな想いが次々と湧き上がってきて、
しばらく絵の前から動けなくなってしまいました。
まさか1枚の絵にここまで心を動かされることがあるんだろうか...と、
絵というものが持っている力に驚くと同時に、
絵の前で固まってしまっている自分にも驚いてしまうという、
いま思い返すとなかなか稀有な内的体験だったと思います。

その後何度か折に触れ県立美術館にこの絵を見に行ったし、
もちろん今回も展示されていたのでまたじっくり向き合ってみました。
この絵の前に立つといつも確かに厳粛な気持ちになるのですが、
やはり初めて出会ったときのような高ぶった感情はあの時だけのものですね。
つくづく出会いというものは特別なものだと思います。


さて、鴨居玲の作品は、スペイン時代の
消し炭のような肌に細い白髪が絡みつく老人たちの肖像画や、
晩年の胸を掻きむしられるような悲痛な自画像群もどれも好きなのですが、
今回の展覧会で特に良かったのはデッサンが数多く展示されていたことです。

コンテやパステル、ガッシュなどを使っていろんなスタイルで描かれたデッサンが
どれもこれも力に溢れていて、間近で見ると画家の腕の動きや息遣いまで感じられるようで、
油絵に劣らないくらい非常に魅力的でした。
美術の専門家ではないので正しいかどうかは良くわからないのですが、
ひょっとして鴨居玲という人は、並み居る画家たちの中でも
デッサンが格別に上手かった人なんではないだろうか?と今回思いました。

鴨居玲 デッサン
展示会の図録より

晩年の鴨居玲は絵を描くことが大きな苦しみだったようで、
自殺未遂を繰り返したのちとうとう’85年に自死してしまいます。
でも残された多くの作品は、人間という存在の奥底の暗闇をえぐり出して
見せてくれているようで、こうした作品に接することができるのは
身勝手な鑑賞者としてはほんとに幸せなことだなと思ってしまいます。

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