アクト・オブ・キリング

2014/05/29 Thu 18:09

アクト・オブ・キリングという映画を観る。(ネタばれあり)
いろんな意味でアタマが混乱してくる、衝撃的な映画だった。

1965年から66年にかけて、インドネシアで政変をきっかけに起きた100万人規模の大虐殺。このとき実権を握ってその後30年も大統領の座に就くことになったスハルトが、民兵や青年団、ならず者集団などを使って、当時大きな勢力を持っていた共産党やその支持者、農民、華僑などを大量に虐殺した。真相は不明なところも多いが、一説では被害者は300万人ともいわれ、20世紀最大の虐殺の一つともいわれているそうだ。

大体、インドネシアにそんなひどい歴史があったことすら、恥ずかしながらこれまで全く知らなかった..。例えばカンボジアのポル・ポトのことは多くの人が知っていると思うが、同じ東南アジアでもインドネシアのことは日本ではそれほど知られていないのではないだろうか?
虐殺を行った側のスハルト政権を、アジアの共産化を恐れたアメリカやそれに追随する日本も支持していたから、報道も抑制されてきたということなのか?何しろこの虐殺そのものの背後に、アメリカ政府の大きな支援があったとも言われている。

この映画は、その大量殺人に直接手を下した加害者たちに、当時どのようにして虐殺を行ったかを彼ら自身の手で映画にしてもらい、その過程を追うという、かなり異色のドキュメンタリーとなっている。

最初はこの設定自体がなかなか飲み込めない。何でそんな極悪非道の犯罪者たちにそんなことを頼めるのか?当然逮捕されて、罰を受けて服役とかしてるんじゃないのか?
しかし事実はまるで逆で、彼らは罪を問われるどころかむしろ英雄視され、プレマンと呼ばれるやくざや民兵組織の中枢として一目置かれ、政財界の中枢とも親しく、裕福に暮らしている。州知事とか議員とか新聞社の社長なんかも次々と出てきて、彼らと親しげに語り合ったりもする。事件当時、新聞も虐殺を扇動するような記事を捏造して流していたそうだ。
インドネシアでは現在も共産党は非合法とされ、この事件について語ることもタブー視されて、むしろ犠牲者の遺族の方が肩身を狭くして身を潜めるように暮らしているという状況らしい。

彼ら加害者は、大量殺人をしたことを悪びれるどころかむしろ嬉々として語り、具体的な殺し方をカメラの前で再現してみせ、まるでスター気取りで映画づくりにノリノリで取り組む。
正しい歴史を若者に伝えなければ、などとも言う。何しろ国営テレビに彼らが英雄として出演し、もし遺族に糾弾されたらそいつらも殺すだけだ、と言い放ったりするくらいだし..。
結局、彼らは多くの人を残虐に殺したことを罪だとか悪いことだとか全く思っていないし、むしろ賞賛されるべき行為だと思っている。一般の国民も、真意はわからないが表向きはそれを認めていることがわかる。観ているこっちはますます混乱してくる。

しかし次第に、これがインドネシアという国のあり方なのかと納得せざるを得ない気分になってくる。いや納得はしてないんだけど、ともかく世界にはこうやって国を営んでいる場所が実際にあり、これが人間の作るひとつの社会の現実だということは、事実として認めなければならない。

でもよく考えてみたら、こんな理不尽、暴力による支配はインドネシアだけじゃなくて世界中で、今現在でも普通に起きていることなんだよな~、ということにも気づく。そして勝った者、力のあるものが自分たちの犯罪を英雄的行為に変え、都合のいいように歴史を作っていく。日本でもこんなあからさまではなくむしろ巧妙に隠されて、同じようなことがずっと起きているのかもしれない。いやあ、どうしたらいいんだろう..。

主演?のアンワル・コンゴという老人、この人は1,000人以上殺してきたとのことだが、人相だけ見ているとそんな悪い人物には思えない。アンワルは日頃から悪夢にうなされることも多く、映画づくりが進むにつれ徐々に心境に変化が生じてきたようで、被害者に呪われているのではないかと語り、終盤では自分のしてきたことに向き合い、長い間沈黙してショックを受けているような場面も見せる。「俺は罪人なのか?」と自問し、かつての殺戮の現場である建物の屋上では激しく嘔吐する。
多少反省したからといって罪が消えるわけでも許されるわけでもないとは思うが、この変化をどう捉えればいいのか?彼は本当に悔いて苦しんでいるのか?彼も軍部や国家に利用されただけなのか?はっきりとはわからない。かと言って、本当に罪を悔いて懺悔した、みたいな展開になったとしたら、これも白々しく嘘っぽくてあり得ないな、とは思う。

印象的だったのは、アンワルが孫たちと庭で遊ぶシーン。孫の一人が誤ってアヒルの雛の脚を折ってしまったらしいのだが、彼は孫に向かって、アヒルに「怪我をさせてごめんね」と謝り、小さな命を慈しむようにと諭す。人間とはそんなものだとは思うが、ところでこの可愛い顔をした孫達は、成長したら一体どんな大人になるんだろうか?ますますわからなくなる。

彼らの作った映画の終盤のシーンは衝撃的。殺された男(の霊?)が、「私を処刑してくれてありがとう」みたいなことを言いながら、自分を殺したアンワル老人の首に金メダルを掛けるというオチ。…これは一体何なんだ? 人間という生き物の底知れない恐ろしさを、そのまま受け入れないといけないのか?この物語に続きがあるとしたら、一体どんなストーリーになるのか?

ちなみに彼らの映画、全体的にとても映画と呼べるような代物ではなくて、これはお笑いか?とツッコみたくなるような滑稽極まりないものなのだが、水辺の巨大な鯉のモニュメントの前や、緑に溢れた瀧のところで女性達が踊るシーンは、何だか意味不明だけど幻想的で妙に美しい。

次から次へと醜悪な人間が出てくるし、正直観ていておぞましい気分にすらなる結構しんどい映画だったが、人間の本質とか、その人間の作る社会のあり方について否応無しに考えさせられる作品だと思う。

ところでこの作品、監督のジョシュア・オッペンハイマーさんは、当初は犠牲者の遺族に取材して映画を作り始めたそうなのだが、軍や当局に執拗に妨害された上に遺族の身に危険が及ぶ可能性もあり、やむなく加害者側の視点で撮るという手法に切り替えたそうだ。エンドロールでも多くのスタッフ名が「アノニマス」と表示され、インドネシア国内の危険な状況が推察できる。しかし現在、今度は被害者側から捉えた続編の「ザ・ルック・オブ・サイレンス」を制作中とのことで、完成も間近らしい。今回は大丈夫だったのかな?とちょっと心配だが、公開されたらこれも必ず観たい。

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