ピダハン
「ピダハン 『言語本能』を超える文化と世界観」ダニエル・L・エヴェレット著

Eテレの「地球ドラマチック」を見て興味を持って読んでみた本。
アマゾン奥地に住む「ピダハン」と呼ばれる少数民族の言語や文化、世界観を、
アメリカ人の言語学者が何年も彼らと生活を共にしながら考察したもの。
このピダハン語があまりにもユニークであるために、
これまでの言語学のパラダイムを揺るがす論争になってるそうです。

といっても言語学の専門的な話は当然深くは理解できませんが、
何でも大家であるチョムスキーの確立した理論によると、
言語というものは人間の生得的な器官みたいなもので、
全ての人間が生まれながらにして普遍的な言語機能を脳の中に備えていて、
あらゆる言語はその初期状態である普遍文法で説明できるんだそうです。
ふーん、そうなんだ。

ところが、ピダハン語にはあらゆる言語に普遍的にあるはずのリカージョンがない。
リカージョンとは簡単に言えば入れ子構造のことで、ほとんどの言語は
例えば「『「Aさんが言った」とBさんが言った』とCさんが言った…」みたいに
限りなく文を続けることができる構造を持っているんですが、
どうもピダハン語にはそれが無いようだ、ということです。
著者のエヴェレットさんは、これは彼らの社会や文化から必然的に
そうなっているのであって、結局全人類の普遍的な文法などというものはなく、
言語というものはその民族の文化に大きな影響を受けながら形成されるものだ、
と主張しています。

でも脳の情報処理の秘密はリカージョンにある、みたいな話も以前読んだことがあるんで、
それとの関わりはどうなってるんだろう?と、新たな疑問も生まれました。
脳と言語はまた次元が違うのかもしれないですが、
ここらへんのトピックももっと追究してみたいところです。

他にピダハン語の特徴としては、色を直接表現する語がなく、数を表現する語もない。
これは、例えば赤い果実はあるが「赤」というものはない。
2匹のワニはいるが「2」というものはない、みたいなことなんかな?
更に挨拶の言葉がなく、右左を表す語もない。(方向は川の上流か下流かで表す)
生活面では、食品を保存せず、道具を造る技術はあるのに使い捨ての道具しか造らない。
昼夜の別なく好きなときに働き、少しずつ眠り、食事をする。
「心配」に該当する言葉がなく、将来を気に病んだりせずに常に現在を最も大切にする。
神や創世神話は一切なく、儀礼的な行為も行わない、等々。
更に、これが一番強調されていますが、自分が直接体験したことと、
直接体験した者の話しか認めない。
だから直接体験ではないことを話してはならないという文化的な制約があり、
それがピダハン語の文法にも影響しているようです。

要するに、物事を決して抽象化・一般化することがない、ということになります。
抽象的な概念を生み出したことが人間を人間たらしめているような気もするんですが、
あえてそれをしない文化というのは一体、どうとらえればいいのか?
単に原始的な文化を奇跡的に保っているのか?
いまいち想像しにくいんですが、いずれにしろピダハンと接した人たちが言うには、
彼らほどよく笑い、精神生活が充足していて幸福そうに見える民族はない、とのことです。
何となくお釈迦様の教えにも似たところがあるような気もしました。

この著者も、最初はキリスト教の伝道師としてピダハンの村に入ったのですが、
結局キリスト教を捨てて無神論者になってしまった、というオチもついています。
そもそも伝道という行為自体、私には大きなお世話のような気もしますが、
著者が無神論者になっていったのも十分納得できる話が展開されています。

例えば、伝道の過程で著者が渾身の気持ちで継母が自殺した話をしたところ、
「自分を殺したのか?ハハハ。愚かだな。ピダハンは自分で自分を殺したりしない」と、
何とピダハンたちは爆笑したんだそうです。著者は呆然としたでしょうね。
もちろんピダハンの生活は決して楽ではなく、
悩みや苦しみも我々と同じようにあるんでしょうが、こんなエピソードひとつとっても
ピダハンの人たちが仮に人間原初の幸福を保っている人たちだとしてみると、
いかに現代社会に住む私たちは遠いところまで来てしまったんだろうか?
と思わざるをえませんでした。
それにしても、他所では伝道を受けて自分たちの宗教や文化を捨てて
改宗した少数民族も多くあると思うのですが、なぜピダハンは決してそうならなかったのか?
彼らは何が根本的に違うのか?このあたりも興味が尽きないところです。
いずれにしろ、人間の存在や価値観についていろいろと考えさせられた本でした。

中心テーマである言語や文化の話以外にも、アマゾン奥地での生活や事件の記録、
例えば著者の家族がマラリアで死にかけて必死に町の病院へ運んだことや、
誤解からピダハンに殺されかけた話、実際に起きた殺人事件、
川を船で往復しながら商売している胡散臭いゴロツキのことなど、
アマゾン奥地のドキュメントとしても非常に面白く読めました。
この著者によるピダハン研究の続編が出たら、また読んでみたいですね。

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