フランスへ行く その12

2016/09/22 Thu 09:22

サン・マルタン運河〜ラ・ヴィレット貯水池から市中心部へ戻り、
日本料理の店が多く集まるサンタンヌ通りへやってきました。
寿司、そば、ラーメン、丼、お好み焼き..などいろいろ揃ってます。
実際に日本人がやっている店は割と少ないそうですが。

ここで昨日モンパルナスの京や(KIOYA)のニシハラさんから聞いた、
期間限定で開設されている"Wonder500"という日本の工芸品のお店に行ってみました。
スタッフの細川さんという若い女性の方にいろいろとお話を伺い、
パリの高級な日本食レストランではどんな器が使われてるのか?興味があったので、
細川さんに手配していただいて日本人が経営している近くのお寿司屋さんの
お店を後でちょっと見せてもらうことになりました。
ほんとはそこで食事もしたかったんですが、残念ながら予約でいっぱいとのことで、
ランチ時間の閉店後にお邪魔することに。
(細川さん、その節はいろいろとありがとうございました!)

ということで約束の時間までまだ間があったので、
じゃあ昼飯どこで食おうかね〜、とか何とか言いながらその辺りをぶらぶら。

パッサージュ・ショワズール
市内にいくつかあるパッサージュ(ガラス屋根のアーケード街)のひとつ、
パッサージュ・ショワズール。ちょうど昼飯時で、そこかしこからいい匂いが..。

パッサージュ・ショワズール
パッサージュの中のとあるスペースで、日本からたくさんの作り手が集まって
手工芸品の展示即売会?みたいなイベントを開催中。漆器も売ってます。
中に入ると狭い会場内にお客さんが一杯で、活気にあふれてます。

ここでびっくりしたのが、出品者として来ていた日本人の女性の方が声をかけてきて、
6日前パリに着いた日に空港から市内へ向かうロワシーバスで一緒だった、とのこと。
そういえばあのとき乗り場にいた日本人の男性の方に切符売り場の場所を尋ねたんですが、
その方の奥さんなんだそうです。こんなところでまた会うなんてびっくり。
と言いつつ、私の場合以前からよく旅行中にこういうことがあったな。何でかな..?


ビストロ
昼飯は”9月4日通り”という名の通りにあるビストロで。
何で9月4日なのか?というと、ナポレオン3世が廃位して第三共和政が始まった
1870年9月4日を記念して命名されたんだそうです。

9月4日通り
店の向かいに"AKITA"という名の日本料理店がありました。
ちなみに海外で"AKITA"というとほとんど秋田犬のことらしいです。

Quatre-Septembre
メトロのQuatre-Septembre駅。
エクトル・ギマールによるアール・ヌーヴォーのデザイン。

昼食後、約束していた寿司屋さん、Sushi Bさんに行って、日頃お店で使っている器などを
いろいろと見せていただき、お話を伺いました。
器は全て日本から持ってきたものだそうで、オーソドックスな陶器がメインでしたが、
きれいな朱塗の片口(象彦製?)などもあります。
漆器はスタッフが扱いに慣れてないのと、傷んだときにここではすぐに対処できないので、
ということで、残念ながらあまり使ってないとのことでした。
Sushi Bの皆様、お忙しい中お相手してくださってありがとうございました。


ルヴォア公園
Sushi Bさん近くのルヴォア公園


ということで明日はもう午前中から空港へ行って帰るだけなので、
この後は百貨店に寄って土産を買い、早めにホテルに戻って荷物をまとめ、
夜はジャズクラブに繰り出すことに決定。

オペラ通り
帰り道、オペラ座正面から伸びるオペラ通り。

ヴァンドーム広場
ここはヴァンドーム広場。広場に面した1階はほとんどブランドショップです。

ヴァンドーム広場
ヴァンドーム広場の塔の真下でジャガーが湯気を吐いて故障中。

ギャラリー・ラファイエットのドーム天井
百貨店のギャラリー・ラファイエットに寄ってお土産をいろいろ購入。
ここのガラスのドーム天井が結構見事です。
ところでお土産にハンカチでも、と思ってたんですが、売り場の人に聞いたところ
フランスではハンカチというものをほとんど使わないそうで、全く売ってませんでした。



お土産を大体揃えてホテルに戻り一休み、荷造りを済ませた後
再び街に出てメトロでシテ島近く、左岸のサン・ミッシェル広場へ来ました。

サン・ミシェルの噴水
サン・ミッシェルの噴水。ここの広場はいい感じの待ち合わせスポット。
ラジカセででかい音を鳴らして踊ってるHip Hop系の兄ちゃん達もいます。

グラン・オギュスタン通り
夕暮れの道の向こうにノートルダム大聖堂

レクリューズ
最後の晩飯はセーヌ左岸のワインバー、”L'Ecluse”へ。
大体ワインバーでのつまみは、チーズとシャルキュトリー
(ハムやソーセージなど食肉加工品全般のこと)の組み合わせが定番です。
この店はボルドー推しで、右奥の板に載っているブルーチーズ(ロックフォール)
+セロリを刻んだのに蜂蜜をつけて食べる、というのがなかなか新鮮な味わいで、
すっかりブルーチーズ好きになり帰国後も何度か自宅でやってみてます。

グラン・オギュスタン通り
あたりも暗くなり、ノートルダムもきれいにライトアップされてます。

すぐ近くの繁華街のユシェット通りへやって来ました。

ユシェット通り

この通りにある1946年オープンのパリで最も古いというジャズクラブ、
”カヴォー・ド・ラ・ユシェット”へ。
Webではここはパリで初めてジャズが演奏された場所、と書いてあるところもあるんだけど、
'46年オープンならまあモダン・ジャズがっていう意味なんかな?
いずれにしろ、かつてはライオネル・ハンプトン、カウント・ベイシー、
アート・ブレイキー..といった錚々たる面々がここで演奏した歴史あるジャズクラブです。

その名の通り、お店は地下を丸くくり抜いた洞窟みたいなところ。
1階のカウンターで注文した飲み物を持って地下に降りるというシステムです。
チャージ15ユーロ、カクテルが12ユーロでした。

この日出演していたのは、残念ながらグループ名は失念しましたが、
'50~'60'sぽいオールドスタイルのJazz~R&B系の音を聴かせるバンドで、
ピアノ、ベース、ドラムスの他はフロントにアルトとトランペットという5人編成。
正直そんな特別に上手いとかハイレベルだとかは思わなかったんですが、
この辺の音はもともと非常に好きなんで、演奏は結構楽しめました。
お客の年齢層は割と高めでしたが、ステージ前のフロアで踊るカップルも多数、
レトロな雰囲気でいい音楽に浸って気分良く過すことができました。

Le Caveau de la Huchette
お店の中はこんな感じ。
この日は金曜の夜、結構混んでて奥の方しか座れず。

Le Caveau de la Huchette
盛り上がってきてみんな楽しそうに踊ってます。

というわけでパリ最後の夜はジャズとともに更けていく...
店を出たのは深夜1時過ぎ、メトロも終わってるのでタクシーでホテルへ。
真夜中でしたがパリの街はどこも人も車もたくさん出てます。
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フランスへ行く その11

2016/09/15 Thu 19:24

St Augustin
メトロのSt.Augustin駅にて1枚


メジャーな観光地ばかりではなく、パリという街の日常を感じられるところに、
ということで、この日はサン・マルタン運河へ行ってみる。
昨日行ったモンパルナスとは逆の市街地の北東の方、東駅の近く。
メトロでRépublique駅へ移動して、運河沿いに北の方へぶらぶら歩きました。

Republique
République駅を降りたあたり。
ちなみに、2015年11月のパリ同時多発テロで襲撃されたレストランのうちの
2つがこのすぐ近くにあります。
あのとき襲撃された店は、パリ市街地の東側に集中していました。


サン・マルタン運河
通りを歩いていくとすぐにサン・マルタン運河に出ました。
運河を渡る鉄製の歩道橋がいくつか架かってます。
これらの橋は100年以上前に架けられたものですが、
パリ市が毎年ペンキを塗り替えて大切にしているそうです。

サン・マルタン運河
サン・マルタン運河ではクルーズ船も運航されてます。
運河にかかる車道は、船が来ると水平にぐるっと回転して船を通すので、
その間、車はじっと信号待ち。グランジュ・オー・ベル橋にて。

サン・マルタン運河
車道が元に戻り、車や人が通れるようになりました。

サン・マルタン運河
この船にはほとんど乗客がいませんでしたが、回送中か何かだったんかな?


サン・マルタン運河
緑あふれる風情のある水辺の道。のんびり散策するにはぴったりの雰囲気です。

サン・マルタン運河

サン・マルタン運河は、パリ北東部のウルク運河と
セーヌ川のアルスナル港を結ぶために作られ、開通したのは1825年。
今はレピュブリック広場からアルスナル港までは地下水路になってます。


Jaures
運河沿いに1.5kmほど歩いて、メトロのJaurès駅のあたりに来ました。
ここから先、運河はラ・ヴィレット貯水池というパリ最大の人工池につながっています。

ところでこのパリの北東のエリアは全体的に治安が良くないとの情報があったのですが、
我々が行ったときは特に危険な雰囲気は感じませんでした。


ラ・ヴィレット貯水池

ラ・ヴィレット貯水池
ラ・ヴィレット貯水池に出ました。
水辺にカフェや映画館があり、夜はライトアップもされて
若者が集まる人気スポットになってます。

ラ・ヴィレット貯水池
こういう落書きはどこ行ってもあるねw

ラ・ロトンド
運河と貯水池の間の広場にある、”ラ・ロトンド・ド・ラ・ヴィレット”
「幻視の建築家」と言われているクロード・ニコラ・ルドゥーの、
今に残る数少ない作品のひとつ。建てられたのは18世紀末で、
今はレストランですが元は市街地を囲む城壁に設けられた関税徴収所でした。

ところで寡聞にしてこのルドゥーという人のことは全然知らなかったんだけど、
「幻視の建築家」って聞くと何だか非常にそそられますね。
でも「幻視の建築家」って、わかるようなわからないような...。
当時は実現できなかった先見的な建築の構想をたくさん残した人だったようですが、
普通の人には見えないものが見えていたんでしょうかね..。

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フランスへ行く その10

2016/09/07 Wed 19:30

ヴェルサイユからパリのモンパルナスへ戻ってきました。

現在のモンパルナスはオフィスビルやショッピングセンターが立ち並ぶ
ビジネスと商業の中心地となっていますが、20世紀初頭の頃は寂れた郊外で、
家賃や物価の安さからお金のない若い芸術家たちが集まった街として知られています。

ここモンパルナス地区での目的地は、"La Ruche".
モンパルナス駅前のカフェで遅い昼食のあと、メトロでConvention駅へやってきました。
このあたりは地図で見るとパリの南西の端の方です。

Convention
Convention駅を出たところで1枚。


10分ほど歩いて、静かな住宅街の中の"La Ruche"に着きました。

La Ruche
門に蔦がからまって中が良く見えませんが..

"La Ruche"とは、エコール・ド・パリの画家たち、モディリアーニ、藤田嗣治、
シャガール、スーチン...などが暮らしていたアパルトマン。
レジェやブランクーシも暮らしていたことがあるそうです。
彫刻家のブッシェが、貧しい芸術家たちのために私財を投げ打って建てたもので、
平面は12角形をしていて、”Ruche"とは蜂の巣の意味。

La Ruche
残念ながら中には入れないので、門の隙間から失礼して撮らせてもらいました。
素敵な玄関です。

La Ruche
屋根の上には塔が立ってます。

La Ruche
右側にある通用口。
ここは現在も住んでいる人がいて、ここを見ているときにも
2人ほど住人の方(たぶん)が帰ってきて入っていきました。

La Ruche

学生時代にエコール・ド・パリの展覧会なんかもよく見に行ったな〜、などと
思い出に浸りつつ、画家たちがこのアパルトマンに入っていく姿を想像してみたりして、
今はまったく面影すらないあの狂乱の時代に思いを馳せてみる..。


La Ruche
左手にも相当古い3階建てが建ってます。

La Ruche
窓を見上げると中にはキャンバスが。やっぱり今も画家が住んでるんだろうか..?

La Ruche
La Ruche
近くの壁にはこんなものが

La Ruche

La Ruche
ブッシェさんを讃えてる?んだと思いますたぶん w


Convention
来たときとは違う道を通ってConvention駅までの帰り道。
別に観光地ではない裏通りにもそれぞれ何気ない風情があって、
ぶらぶら歩いているだけでも結構楽しいです。

途中、日本人のニシハラさんという女性がやっている日本の器のお店、
「京や(KIOYA)」さんを偶然発見。
日本の工芸のフランスでの受け止められ方など、いろいろお話を伺うことができました。
ルーブル近くのサンタンヌ通りにある日本の工芸を集めたお店の情報も教えていただき、
明日行ってみることにしようと。美味しい緑茶もごちそうになりました。ありがとう〜。

Convention
縦列駐車の間隔が狭い〜
出るときはやっぱり前後の車を押すのかな?どう見ても押さないと出ないと思うんだけど..

Paris Opera
ホテルの近くへ帰ってきました。これはオペラ座の裏側。

Printemps
こちらはプランタンのウィンドウディスプレイ。ちょっと日本ぽい雰囲気。
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