Patti Smith in 金沢 @Eight Hall

2013/01/28 Mon 21:24

それにしても、まさか金沢でパティ・スミスのライブを観られる日が来るとは..。
しかしこれは夢ではありません。
というわけで、行ってきました、1月27日、金沢片町はEight Hall。
オールスタンディングなので、Eight Hallの入口には開場前から長い列が。

開演前のSEはルーツレゲエがゆったりと流れ、
フロアではスタッフの女性の方がずっと声を張り上げています。
何でもここで震災の募金をしてくれた方の中から、ライブの途中でパティが抽選し、
当たった人はステージに上がってパティにハグしてもらって、
「絆」の文字の入ったバスドラのヘッドをもらえるとのこと。いわゆるラッフルですね。
パティのハグとバスドラのヘッドは魅力的でしたが、
万一当たってステージに上がるのはちょっと..というわけで今回募金はパスしました。
すいません、募金は他のところでちゃんとやっております。
(ちなみにこの日は10万円集まったそうです。)

パティ・スミス金沢
開演前のステージ

6時きっかりにメンバーがステージに登場、初めて生で見るパティさん、
しかもこんな目の前で、ということでまずは感激。
パティも盟友レニー・ケイも66歳、”Horses”発表の75年からは38年…
その風貌は長い長い時の流れを感じさせます。

ライブは1stアルバム”Horses”からの"Kimberly"で淡々とスタート。
3曲目に震災の犠牲者に捧げる"Ghost Dance"、続いて”Fuji-san”
”Fuji-san”の合唱は今日がBest、とパティはにっこり。
パティさんは1曲終わるごとにマグカップを口に運んで喉を潤し、
終始笑顔を絶やさず、新旧の名曲を歌っていきます。
MCも「日本語が話せなくてごめんなさい」と前置きして、
ゆっくりとしたわかりやすい英語で語りかけてくれました。

感動的に歌い上げてくれた”We Three”など、
若い頃よく聴いた初期の曲の数々にはもちろん感激しましたが、
カムバック後の曲も最近の曲も非常にパワフルで聴かせてくれます。
「過去・現在・未来の全ての詩人に捧げる」"Beneath the Southern Cross"は、
この日の演奏の中でも最もエモーショナルで素晴らしいものでした。

その"Beneath the Southern Cross”のあと前述のラッフルの抽選、
2人の当選者はステージに上がるでもなく、フロアで普通に受け取ってました。
こんなことなら募金すればよかったかな。
その後レニー・ケイが歌うGarage Rock Medleyコーナー、
その中の”Born To Lose”、この曲は…えーと、あーJohnny Thundersか!と
久々にこの人のことも思い出しました。ほんと懐かしいっす。

そしてライブは終盤へ、”Because The Night”でやっぱり盛り上がり、
"Pissing The River"で更なる高みへ昇り、
本編のラストは"G-L-O-R-I-A"、Gloooooooooooria!!!!
じわじわボルテージが上がっていくこの曲は何度聴いても鳥肌、会場もヒートアップ。

そしてアンコール、今日は満月の日だったようで、
パティは日本語で「マンゲツ!」と何度も言っておどけたあと、
最新アルバムのタイトル曲”Banga”、みんなで犬の遠吠え。
そして"People Have The Power"を高らかに歌い上げて、これで終わりかと思ったら、
ななな何と、すごい勢いで”Rock N Roll Nigger”になだれ込み!!
もうNigaNigaNigaNigaNigaNigaNiga〜というわけでさらにフロアは興奮のるつぼに..。
最後は汗びっしょり、パティもギターの弦を引きちぎり、
ロックの激しい衝動を思い切り叩き付けてもらってライブは終わりました。

パティの声は66歳の今も艶があってほとんど衰えを感じず、
バンドが出す全ての音の上に君臨して支配しているような凄みがありました。
過激なパンクの女王から、いろんな苦難を経て何もかも包み込む大きな母のような存在に、
とでも表現すればいいんでしょうか?うまいこと言えませんが..。

それにしても、よくぞここ金沢まで来てやってくれました。
何というか、彼女らの音楽と一緒に自分自身の過去30年くらいの時間も
一気に目の前を通り過ぎていったような感覚を覚えました。
月並みな言い方ですが、ずっと生き続ける音楽の力みたいなものを確かに感じましたね。
パティさんもバンドもほんと最高でした。ありがとう。

パティ・スミス金沢
終演後、セットリストを何枚か配ってました。
運良くゲットしたお嬢さんに頼んで撮影させてもらいました。



この日のセットリストです。
(メドレーの曲名はここから引用させてもらいました)

Patti Smith And Her Band /Jan 27, 2013 /Kanazawa Eight Hall

1. Kimberly ("Horses" 1975)
2. April Fool ("Banga" 2012)
3. Ghost Dance ("Easter" 1978)
4. Fuji-san ("Banga" 2012)
5. Distant Fingers ("Radio Ethiopia" 1976)
6. Dancing Barefoot ("Wave" 1979)
7. We Three ("Easter" 1978)
8. Beneath the Southern Cross ("Gone Again" 1996)
(ラッフル抽選)
9. Medley
Night Time(The Strangeloves cover)
(We Ain't Got) Nothing Yet(The Blues Magoos cover)
Born to Lose(The Heartbreakers cover)
Pushin' Too Hard(The Seeds cover)
10. Redondo Beach ("Horses" 1975)
11. Because the Night ("Easter" 1978)
12. Pissing in a River ("Radio Ethiopia" 1976)
13. Gloria ("Horses" 1975)
Encore
14. Banga ("Banga" 2012)
15. People Have the Power ("Dream of Life" 1988)
16. Rock N Roll Nigger ("Easter" 1978)

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ピダハン
「ピダハン 『言語本能』を超える文化と世界観」ダニエル・L・エヴェレット著

Eテレの「地球ドラマチック」を見て興味を持って読んでみた本。
アマゾン奥地に住む「ピダハン」と呼ばれる少数民族の言語や文化、世界観を、
アメリカ人の言語学者が何年も彼らと生活を共にしながら考察したもの。
このピダハン語があまりにもユニークであるために、
これまでの言語学のパラダイムを揺るがす論争になってるそうです。

といっても言語学の専門的な話は当然深くは理解できませんが、
何でも大家であるチョムスキーの確立した理論によると、
言語というものは人間の生得的な器官みたいなもので、
全ての人間が生まれながらにして普遍的な言語機能を脳の中に備えていて、
あらゆる言語はその初期状態である普遍文法で説明できるんだそうです。
ふーん、そうなんだ。

ところが、ピダハン語にはあらゆる言語に普遍的にあるはずのリカージョンがない。
リカージョンとは簡単に言えば入れ子構造のことで、ほとんどの言語は
例えば「『「Aさんが言った」とBさんが言った』とCさんが言った…」みたいに
限りなく文を続けることができる構造を持っているんですが、
どうもピダハン語にはそれが無いようだ、ということです。
著者のエヴェレットさんは、これは彼らの社会や文化から必然的に
そうなっているのであって、結局全人類の普遍的な文法などというものはなく、
言語というものはその民族の文化に大きな影響を受けながら形成されるものだ、
と主張しています。

でも脳の情報処理の秘密はリカージョンにある、みたいな話も以前読んだことがあるんで、
それとの関わりはどうなってるんだろう?と、新たな疑問も生まれました。
脳と言語はまた次元が違うのかもしれないですが、
ここらへんのトピックももっと追究してみたいところです。

他にピダハン語の特徴としては、色を直接表現する語がなく、数を表現する語もない。
これは、例えば赤い果実はあるが「赤」というものはない。
2匹のワニはいるが「2」というものはない、みたいなことなんかな?
更に挨拶の言葉がなく、右左を表す語もない。(方向は川の上流か下流かで表す)
生活面では、食品を保存せず、道具を造る技術はあるのに使い捨ての道具しか造らない。
昼夜の別なく好きなときに働き、少しずつ眠り、食事をする。
「心配」に該当する言葉がなく、将来を気に病んだりせずに常に現在を最も大切にする。
神や創世神話は一切なく、儀礼的な行為も行わない、等々。
更に、これが一番強調されていますが、自分が直接体験したことと、
直接体験した者の話しか認めない。
だから直接体験ではないことを話してはならないという文化的な制約があり、
それがピダハン語の文法にも影響しているようです。

要するに、物事を決して抽象化・一般化することがない、ということになります。
抽象的な概念を生み出したことが人間を人間たらしめているような気もするんですが、
あえてそれをしない文化というのは一体、どうとらえればいいのか?
単に原始的な文化を奇跡的に保っているのか?
いまいち想像しにくいんですが、いずれにしろピダハンと接した人たちが言うには、
彼らほどよく笑い、精神生活が充足していて幸福そうに見える民族はない、とのことです。
何となくお釈迦様の教えにも似たところがあるような気もしました。

この著者も、最初はキリスト教の伝道師としてピダハンの村に入ったのですが、
結局キリスト教を捨てて無神論者になってしまった、というオチもついています。
そもそも伝道という行為自体、私には大きなお世話のような気もしますが、
著者が無神論者になっていったのも十分納得できる話が展開されています。

例えば、伝道の過程で著者が渾身の気持ちで継母が自殺した話をしたところ、
「自分を殺したのか?ハハハ。愚かだな。ピダハンは自分で自分を殺したりしない」と、
何とピダハンたちは爆笑したんだそうです。著者は呆然としたでしょうね。
もちろんピダハンの生活は決して楽ではなく、
悩みや苦しみも我々と同じようにあるんでしょうが、こんなエピソードひとつとっても
ピダハンの人たちが仮に人間原初の幸福を保っている人たちだとしてみると、
いかに現代社会に住む私たちは遠いところまで来てしまったんだろうか?
と思わざるをえませんでした。
それにしても、他所では伝道を受けて自分たちの宗教や文化を捨てて
改宗した少数民族も多くあると思うのですが、なぜピダハンは決してそうならなかったのか?
彼らは何が根本的に違うのか?このあたりも興味が尽きないところです。
いずれにしろ、人間の存在や価値観についていろいろと考えさせられた本でした。

中心テーマである言語や文化の話以外にも、アマゾン奥地での生活や事件の記録、
例えば著者の家族がマラリアで死にかけて必死に町の病院へ運んだことや、
誤解からピダハンに殺されかけた話、実際に起きた殺人事件、
川を船で往復しながら商売している胡散臭いゴロツキのことなど、
アマゾン奥地のドキュメントとしても非常に面白く読めました。
この著者によるピダハン研究の続編が出たら、また読んでみたいですね。

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土曜日の午後、テレビでやってた「世界なぜそこに?日本人」という番組。
何気なく見ていたら、インドはワーラーナシーの有名な安宿、
クミコハウス(久美子の家)が出てきて、懐かしい気持ちでいっぱいになってしまいました。
もう20数年前になりますが、私もバックパックを背負ってインドを旅した折に、
このクミコハウスに泊まったことがあります。
当時久美子さんはアラフォーくらいでしたが今は62歳とのこと、
でも今も元気に宿を切盛りされている様子で、何だか見ていてうれしくなりました。
あの決してきれいとは言えない部屋に若い旅行者が集っている風景は、
昔と何も変わってないですね。
旦那さんのシャンティさんも昔からあんな風にすっとぼけた感じだったし。
でも久美子さんは36年間一度も日本に帰っていなかったとは..。
すっかり肝っ玉母さんみたいになってる久美子さんですが、
きっと心の中にはいろんな想いがあるんでしょうね。

ワーラーナシーといえばヒンドゥー教の非常に重要な聖地なので、
バックパッカーは大体みんな1度はここを訪れるのですが、結構治安も悪くて、
この町で消えた旅人も少なくないと当時からよく聞いていました。
私が泊まったときも、行方不明になった旅行者の写真が壁に貼ってあって、
残された荷物が置いてあったりして、えっ、マジで…(怖)という感じでした。
実際私も、川岸の有名な火葬場を見に行ったときに、
ゴロツキみたいな連中にからまれて追いかけられたりもしました。
そして夜にはまた追い討ちをかけるように、震え上がるような怖い話を同宿の旅人から
いろいろ聞かされたりして、そんなこんなで私にとってワーラーナシーという町は、
まるで何もかも飲み込んで目の前を流れるガンガーのように、
インドの底なしの深い闇を感じてしまう場所、みたいなイメージになってしまってます。

12年前再びインドに旅行に行ったんですが、ワーラーナシーには行けませんでした。
そのときはニューデリーでは携帯を持ってる人も結構多かったし、
マクドナルドもできてたりして、インドも近代化が進んで変わったんだな〜、と
思ったんですが、一昨日のテレビで見た限りではワーラーナシーの街は
当時とそれほど変わってないような印象を受けました。
死ぬまでにいつかまた訪れることがあるのかなあ?まあ多分ないだろうけど、
行けるもんならぜひもう一度行ってみたい町ですね。

この町の東側、ガンジス川の対岸は不浄の地とされ、誰も住まない荒れ地が広がっています。
毎朝夜明け前には目を覚まし、テラスに上ってその対岸から昇る朝日を眺めていました。
クミコハウスに滞在したのは4,5日くらいだったと思いますが、
ここのテラスから眺めた、川面を真っ赤に染めて昇る朝日は今でも忘れ難いです。
あの頃は若かったし、ずっと旅をして暮らしたいな〜とか、
学生時代が終わってこれから世の中に出て行く漠然とした不安とか、
いろんなゴチャゴチャした気持ちを抱えながら、朝食に呼ばれるまで
川や小舟や沐浴する人たちをずーっと眺めていた記憶があります。

そんなわけでいろんなことがフラッシュバックしてきて、
あんな頃の自分はどこへ行ったんかな?とか、あ〜また旅に出たいな〜、
でももういい歳になっちゃったな〜、とか、この20数年一体何をしてきたんかな〜、とか、
テレビを見ただけなのにいろんな思いが次々とわき上がってきて、
何とも言えず感傷的な気分になってしまった週末でした。
わけわからなくてすいません。

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真冬の袖ヶ浜 波の花

2013/01/09 Wed 18:45

袖ヶ浜の波の花

最近ここ能登周辺では死体や壊れた木造船が頻繁に漂着して騒ぎになってますが、
そんな真冬のある日の輪島市袖ヶ浜です。
結構波が荒いので、砂浜ですが少しだけ波の花ができてます。
ご存知の方も多いと思いますが、波の花は海中の植物プランクトンの
粘液が海水と混ざりあって泡状になったものといわれています。
近くで見るとほとんど洗剤の泡ですね。
ちなみにこんな日でも投げ釣りをしてる人がいましたけど。

それにしてもこっちは毎日毎日どんよりした天気で気が滅入りますね。
冬は太平洋側で暮らす人達がほんとうらやましいです。
早く春が来ないものかな〜、と、毎年のことながら切に思います。

袖ヶ浜の波の花

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新年おめでとうございます

2013/01/01 Tue 00:00

本年もよろしくお願いいたします。

実家に里帰りしていた頃はそれなりに正月気分も味わったりしてましたが、
年々世の中も全体的に季節感が薄れてきてるし、
最近は新年を迎えるからといって特に感じ入るようなこともなくなってきました。
これではいかんと毎年1年の抱負みたいなことを考えてみたりもするんだけど、
ひと月も経たないうちにもう日常にまぎれてすっかり忘れてしまいますね。
去年は何を考えていたんだったかな?思い出せないし..。
この歳になってもなかなか自分を律するというのは難しいものですね。

まあとりあえず、今年も素敵な人ややりがいのある仕事、新しい知識とか
いい音楽や本やアートなどなど、たくさん出会えればいいかな、と..。

皆様にとってこの1年が良い年になりますよう、お祈りしております。

fujisan.jpg

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