金沢の純喫茶 ローレンス

2012/03/31 Sat 12:23

「金沢 純喫茶」で検索すると上位にたくさん出てくる「ローレンス」
ふとしたことから初めてこのお店にちょっと寄ってみました。
ここは五木寛之さんが若い頃常連客で、直木賞受賞作もここで執筆し、
受賞の知らせもここで受けたという、ファンの間では有名なお店だそうです。

ローレンス1

香林坊109のすぐ裏という金沢でも一番の繁華街にあるのですが、
何だかここだけ別世界のような、妖しい空気を発散しています。
古い雑居ビルの3階、屋上の螺旋階段の物見塔が素敵。
階段にあるアイアンのオーナメントもとてもいいですね。

ローレンス3

店内も、長い時間がそのまま降り積もったような、あるいは
この室内だけセピア色のまま時間が止まったような、濃~い空間でした。
棚やテーブルの上にも魅力的なオブジェがごろごろと。
私のテーブルにはカボチャとザクロ、緑色に朽ちつつあるパプリカ…。
あとはアーティストでもあるというここの女性店主さんが造った?オブジェ?
..なのかなあ、これは..。

その髪の長い黒ずくめの店主さんが見開き2ページのメニューを持ってきてくれて、
「...できるものとできないものがありますので、今からご説明いたします。
まず、右側のページは全てできません。全滅です。ゼンメツ。
あと今日は○○フロートと名のつくものはできません。
左側は○○と○○と○○はできます。…」みたいな感じで説明していただきました。
確かジンジャーミルクというのはできる、と言われたような気がして
飲んでみようかな、と思ったのですが、やっぱりその日は普通にコーヒー。
出てきたコーヒーは、一体このお店らしいのからしくないのか?
よくわからないデザインのカップに優に2人分は入ってそうな大盛りで、
サービスに煎餅と輸入もののパイ菓子もつけていただきました。
コーヒーは普通に美味しかったです。400円でした。

ローレンス5

ローレンス4

たくさんの人がブログなどで紹介しているせいか、
この日は雨だったのですが次々とお客さんが入ってきます。
客層も、旅行客(たぶん)の男性2人連れ、女性1人、男性1人、
親子3人連れ、地元のおっちゃん2人連れ..etc.と様々。
そんなわけで店の雰囲気とは裏腹に店主さんも何だか忙しそうでしたが、
もうヘタヘタにへたったソファに深~く身を沈めて、このレトロな空間で
何も考えずにぼーっと過ごすひとときはなかなかの心地よさでした。
またお邪魔したら今度は店主さんのお話も聞いてみたいですね。
帰り際には、「この飴すごくオススメなの」ということで
生姜カリンのど飴 をいただきました。ありがとう。

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今、東京国立近代美術館でジャクソン・ポロック展やってますね。
見に行きたいっす。どうせなら名古屋に行っとけば良かったかな。
ポロックは大学生の頃とても好きでした。今ももちろん好きですけど。
若い頃あの表現に強い衝撃を受け…などと書いてみたいところですが、
別にそこまで芸術的感性があるわけではないので
ただ単に何かカッコいいなー、と思って見ていただけではありますが、
当時は普通に筆で描いた絵が何だかもの足りないような気分さえありました。
自分でも、モデリングペーストを混ぜて固くしたリキテックスを塗り重ねて研ぎ出す、
というやり方で、ポロック風の絵を作ってみたりしたこともあります。
まあしょーもない仕上がりでしたけど..。

ポロックといえばアクションペインティング、ですが、
最近はことさらアクションという「行為」を
強調するような見方は否定されているようです。
技法についても、以前は絵の具をぽたぽた垂らす"Dripping"と言われていたのが、
今はツツーと線を描くように垂らす"Pouring"という用語が使われているとのこと。
確かに記録映画を見てみると、激しく絵の具をまき散らすというよりは、
割とゆったりとした動きで線をしっかりコントロールしながら
描いていることも多いようですね。
どうも自分はあんな風に絵の具を垂らしたような線が生理的に好きみたいで、
特に関連があるのかどうかは知りませんが、濱田庄司の流描の大皿とか、
角偉三郎さんの漆を流し掛けした作品にもなぜかやたらと惹かれるものがあります。

好きだった割には、これまで実際に生で見ることができた
ポロックの作品は1,2点くらいしか記憶がありません。
日本でこれだけまとまった数の作品を観られるのは
これが最初で最後かもしれないんで、やっぱり見に行こうかなあ。
でも「秋のリズム」とか「One:ナンバー31」とかの大名作は来てないんですね。残念。
やっぱりニューヨークに行かないとだめなんか。

それにしても、今回の展覧会のWebsiteを見てみたら
でかでかと「評価額200億円!!」と、少々品のないプロモーションをしてますね。
でもこれで集客効果はやっぱりあるんだろうなあ。
もし東京まで見に行ったらまた感想でもUPしようと思います。

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さようなら日本海

2012/03/17 Sat 23:55

先々週、郷里の東北に住む叔父が亡くなり、葬儀のため帰郷しました。
田舎町では珍しいタイプの、知的でスマートな感じのする叔父さんでした。
叔父さん一家には近年わが家はとてもお世話になったので、
感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。
叔父さんのご冥福をお祈りします。


往復にはこれまで通り寝台特急の日本海に乗りました。
ですがこの日本海、今日17日で定期運行が廃止になりました。
これまで20年以上帰郷の折に何度も往復した列車ですが、
これに乗るのも今回で最後かな?とか思ったらやっぱり寂しいですね..。
いろんな人がいろんな事情で乗ってくる、あの夜汽車独特の雰囲気や、
今では心地よさすら感じるけど、やっぱり眠るには
ちょっとうるさい車輪の音と背中で感じる振動、
それとは対照的な、真夜中にどこかの駅で停車中の時間が止まったような静けさとか、
暗闇の中車窓を流れていく町の灯や雪明かり、
白々と明けていく群青色の空なんかが次々と心に浮かんできます。

両親が元気で実家も家族が増えてにぎやかだった頃、
郷里に向かう日本海で過ごす一晩は心浮き立つ楽しい気分だったし、
逆に帰りは、会う度に年老いていく両親と離れるのが心残りで、
後ろ髪を引かれるような心配と寂しさを感じながらの一晩でした。
父や母が亡くなったときは、知らせを受け急いで乗った列車の中で、
悲しみをこらえながら眠れない長い夜を過ごしたことも思い出します。
あんな気分で夜汽車に乗るのはもう勘弁してほしいですね。
能登で暮らすようになってからは、この日本海は
自分や家族のライフステージの移り変りやその折々の思い出とか、
そんな故郷につながる記憶の一部にもなっています。
世の中には鉄道に特別な思い入れを持つ人も多いようですが、
そんな人たちの気持ちも確かによくわかりますね。

今後も盆や正月には臨時列車として運行されるようなので、
ひょっとしたらまた乗ることもあるかもしれません。
そう思うとちょっと安心。でも予約取りにくいだろうなあ。
今回も平日にしては結構混んでるなー、と思っていたら、
廃止間近ということで記念に乗った鉄道マニアも多かったようです。
隣のブロックにも鉄道マニアの若者がうれしそうに乗っていて、
金沢に着く前にちょっと話したのですが、彼らはスゴいですね。
日本中のブルートレインにそれぞれ10回以上は乗っているそうで、
何時何分にどこの駅に何の列車が停まっているとか、どのあたりで通過するとか、
彼の頭には全部インプットされているようでした。

それにしても、中央と地方を結ぶ交通は年々便利になってきている反面、
地方と地方の行き来は逆にどんどん不便になってるような気がするんだけど、
このへんのところはもう少し何とかならないもんですかね。

日本海
走ってるのでブレてますが..

日本海
以前は函館行きもありました。

日本海
通路はこんな感じ。

日本海
寝台の中。浴衣もついてます。

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大震災から1年

2012/03/11 Sun 12:08

今日で東日本大震災からちょうど1年が経ちました。
亡くなられた人たち、未だ行方のわからない人たちに改めて祈りを捧げます。
そして今も苦境にある人たちが1日も早くそれを脱して、
もとの平穏な生活に戻れますように、と願わずにはいられません。



先日の新聞に、瓦礫を全国で分散して処理を進めようという
環境省の全面広告が出ていました。
各政党の政策を見ると、ほとんどの政党が広域処理に賛成で、
明確に反対している政党はなし。
世論調査でも国民の過半数が賛成しているようだし、
大手マスコミも広域処理推進の流れを作っているように見えます。

ここ輪島市は石川県内の自治体ではいち早く、
「能登半島地震の恩返し」として瓦礫受入れ検討を進めることを表明しました。
金沢市も受け入れの検討を始めたとのニュース。
この動きに対して、輪島市の市民の間では反対運動も起こっています。

最初は、被災地を助けるためなら積極的に受け入れを進めればいい、と
考えていましたが、その後放射能拡散の危険性や
合理性への疑問、行政上の問題を見聞したり、
更には利権の絡んだ生臭い話も結構裏にあるような話も聞こえてきて、
どうもこの問題は「絆」の美名のもとに
どんどん突き進んでいい単純な話でもないような気がしてきました。

広域処理が本当に被災地を助ける合理的なやり方で、
放射能の危険性も本当に許容範囲ならば進めればいいと思うのですが、
それを説明すべき政府がまるで信用できない、ということを
この1年間さんざん見せつけられてきました。
真実がどこにあるのか知りたいです。
まあ真実がひとつだけではない、ということもわかっているのですが。
青臭いようですが、私にはこの問題の是非がどうにも判断できないです。

ojizousama.jpg

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「日々是修行」佐々木閑

2012/03/06 Tue 20:57

もう何年も前ですが、新聞のある連載コラムの一文がふと目に留まりました。
仏教を作った釈迦の根本的な考えが説明されていたのですが、
そこには大体次のようなことが書かれていました。
「この世には私たちを救ってくれる超越的な力を持つ絶対者などいない。
この世界はすべて因果の法則で動いている。だから、苦しみを消すためには
絶対者にお願いするのではなく、まず苦を生み出す法則を正しく知り、
自分の心を鍛錬して苦を消していく、それが唯一の道だ。…」
これを読んだとき、何だか目の前がすーっと開けたような爽快感を覚えました。

現在の日本の仏教も含めて、キリスト教やイスラム教その他、
宗教というものは大体絶対的な力を持つ神や仏というものを想定し、
その超越者を信じて従うことで救われる、というものですが、
釈迦は、この世には神などいない、というところから
仏教を作っていった、ということがとても新鮮な驚きでした。
日本に伝わった仏教は大乗仏教なのでこのような初期仏教とはだいぶ様相が異なり、
阿弥陀如来とか薬師如来とかとにかくたくさんの仏様がいて、
その絶対者・超越者である仏様を信仰することで
救いを求める、といった救済の宗教に変質しています。
私は大乗仏教の思想にも深遠さを感じて惹かれるのですが、
初期仏教の徹底した合理精神で世界を理解しようという態度が、
現代社会を生きる私たちにはよりしっくりくるような気もします。

日々是修行

コラムの著者は花園大学教授の佐々木閑さん。
この「日々是修行」は、その連載コラムを1冊にまとめたものです。
全部で100話あり、修行の方法から、なぜ仏教は多様化したか、など
その他様々な話題がわかりやすく手短にまとめられていて、
読んでいてなるほどと思うところがとても多い本です。
随所に著者の体験からにじみ出た他者への暖かい眼差しや、
著者自身の人生の喜びや希望も感じられ、
好きなところを拾い読みしてみるだけでも何だか元気づけられます。

佐々木閑さんは理系出身の仏教学者で、
現代に通じる初期仏教の合理精神について
いろいろな著書で繰り返し説いておられます。
2006年に出版された「犀の角たち」は、
初期仏教と自然科学の共通点、親和性というテーマで書かれていますが、
コンパクトでわかりやすい科学史+初期仏教史としても読めるし、
パラダイムシフトのことなど科学の見方についても
教えられることの多い、とても刺激的な本でした。
佐々木さんの書いておられる分野は個人的にとても興味のあるところなので、
他の本もいろいろ読んでみたいですね。

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