初眼鏡 Kazuo Kawasaki MP-692

2011/05/31 Tue 19:37

もう先月の話になりますが、生まれて初めての眼鏡を購入しました。
Kazuo Kawasakiのアンチテンションフレーム、MP-692。

Kazuo_Kawasaki_MP692


以前から川崎和男さんのデザインが好きだったので、
もし眼鏡をかけることになったら川崎さんのがいいなあ、と漠然と思っていました。
というわけで金沢市の和光眼鏡さんでレンズを合わせてもらい購入。
川崎さんの眼鏡ではSilmo2000グランプリのMP-690が個人的には一番に思い浮かびますが、
いろいろかけてみて一番しっくりきた2004年のこのモデルに決めました。
派手さはない落ち着いた形ですが、正面上部のラインが印象的です。
フレームのメカニックな部分についてはあまり知識がありませんが、
蝶番部の構造を眺めているだけで何だかそそられますね。
ここには2種類の弾性素材を使っているとのことで、
かけ心地も軽くてしなやか、かつズレることもなく、今のところとても調子がいいです。

MP-692
真上から見るとこんな感じ。
中心部だけでレンズを支えています。

ところでレンズを調整してもらったとき驚いたのが、
あらかじめ眼科医で作ってもらっていた処方箋通りのレンズをかけてみたところ、
視野の右側だけ異常に遠近感が強調されてしまったこと。
長方形のはずの新聞紙がひどく歪んで台形に見えたほどで、
これではあかんと改めて細かく調整してもらいました。
私の場合乱視の角度が左右の眼で違っているとのことで、
うまく矯正しないとこうなるらしいです。
最近はインターネットでも処方箋を送るだけで眼鏡が買えるようですが、
初眼鏡でそういうことをしなくて良かったと思います。
ていうか、じゃああの処方箋は何だったんだ?という気もするけど。

というわけで和光眼鏡さんにはレンズ調整やフィッティングも念入りにしていただき、
とても親切に対応していただきました。どうもありがとうございました!

スポンサーサイト
工芸・アート・デザイン | コメント(2) | トラックバック(0)
Bruce Springsteen&The E Street BandのBig Manことクラレンス・クレモンズが
この夏来日して、サマーソニックに自身のバンドで出演するとのこと。びっくり!
(8月14日・ビーチステージ。ちなみに同ステージには他にBootsy Collinsと
Village Peopleという、何だか不思議な組み合わせ。Bootsyも観たい。)

クラレンスは最近レディ・ガガのアルバムに2曲参加していたのにも驚いたが、
E Street Bandの長いオフが続いている間、結構精力的に活動していたようだ。
とはいえ今年69歳、近年足腰の具合があまり良くないらしく、
ライブでもずっと椅子に座ってプレイしている。
日本の真夏の暑さは大丈夫か?と何だかちょっと心配だ…。
ソロ活動に関しては、1983年の'Rescue'は素晴らしいアルバムだったが、
その後2,3作は何だか?…だったのであまり聴いていない。
これを機に最近の作品もちょっと聴いてみようかなと思った。

それからクラレンス主演のドキュメンタリー映画もこの春に公開されている。
'Who Do I Think I Am?~A Portrait of a Journey'というタイトルで、
内容はクラレンスがツアーの疲れをいやすために2005年に中国を訪れ、
自分自身を探して旅する姿を捉えたもの、といった作品のようだ。
トレイラーをここで見ることができるが、スピリチュアルな雰囲気で映像も美しく、
ちょっと観てみたい気にさせられる。
スプリングスティーンの来日公演はこの先もあまり期待できないけど、
代わりにBig Manが元気にブロウする姿だけでもぜひ見てみたいものだ。
たぶん行けないだろうけどね..。

>>続きを読む・・・
音楽 | コメント(0) | トラックバック(0)
いつもいい品物を見せてくれるUさんから
今日は籬菊蒔絵の小品を見せていただいた。
この蒔絵のオリジナルは鶴岡八幡宮所蔵の国宝の硯箱。
螺鈿の輝きと、金の沃懸地の抑えた艶の対比が美しい。

籬菊蒔絵


工芸・アート・デザイン | コメント(0) | トラックバック(0)

'Sunny Spot Lane' Pocopen & Nishiwaki

2011/05/23 Mon 00:18

sunny spot lane

ずっと欲しかったアルバムをやっと手に入れることができた。
さかなのポコペンさんと西脇さんが、さかな名義ではなく
Pocopen&Nishiwakiとして2003年にリリースしたアルバム。
画家としても活動している西脇さんの個展のために、
2人だけで自宅録音されたものだそうだ。
(ちなみに西脇さんの絵もすごく好きです。)

さかなの作品としては2000年の「Blind Moon」に近い感触。
「Blind Moon」が大好きなので、このアルバムも一聴して好きになった。
宅録のためか音像も生々しく、ポコペンさんがすぐ近くで歌っているように聞こえる。
2人だけの静謐で親密な空気感の中、ダークで翳りのある曲が続く前半から
後半は少し明るい雰囲気になり、雲間から弱い陽が射してきたようだ。
13曲中4曲のインストをはさんで続く流れがとても心地良い。
西脇さんのギターも、いつもながら感触の柔らかい心地よい音色で鳴っている。
この頃のポコペンワールド?いっぱいの、
8mmで撮ったセンスのいい短編映画のような歌詞も含めて、
いい歌がたくさんあってさかなの作品同様じわ~と心に沁みてくる。
ずっと大事に聴いていきたいアルバムだ。

音楽 | コメント(0) | トラックバック(0)

「無もなかりき」とは

2011/05/18 Wed 18:49

ホーキング博士が、
「天国とは闇を恐れる人のおとぎ話にすぎない。死後の世界はない。」と
インタビューで語ったとのニュース。
科学者にとってはわざわざ表明するまでもない自明のことだと思うのですが、
このような話題がニュースになるというのは、
欧米ではキリスト教の価値観が想像以上に支配的なんでしょうね。
科学的な態度としては、死後の世界があるかないかは
原理的に証明のしようがないのでわからない、としか言えないと思うのですが、
まあ個人的にも多分ないだろうなとは思います。

でも、人が死をまさに迎えようとするとき、
天国や死後の世界を信じている人の方が
ひょっとしたら死というものにより強く対峙できるのかな、という気はします。
私の気持ちが弱いだけなのかもしれませんが、
意識それ自体、つまり自分そのものが消えてなくなるというのは
やっぱりちょっと怖いというか、何だか寂しいというか..。
もちろんそれは生きているからこそ感じることであって、
客観的に見れば意識という脳の中で起きている現象が終わり、
「無」になるのでしょう、きっと。
(まあ毎晩眠りに落ちて意識が「無」になってますけど。)

ところで「無」といえば、古代インドの聖典リグ・ヴェーダの
「その時(太初において)、無もなかりき、有もなかりき。...」
(「リグ・ヴェーダ讃歌」辻直四郎訳 岩波文庫)
という一節は、何だかすごい言葉だなあ、といつも思い出すたび頭がくらくらしてきます。
「有」か「無」かではなく、「無もなかった」と言うことなので...。
これは一体どういうことなんだろう?
単に「有」か「無」かを認識する主体がない状態を
「無もない」というふうに言っているのでしょうか?
何しろ古代インドのことなので、そんな単純な話ではなく
もっと計り知れない深遠な感覚で世界を見ていたような気がするけど、
どうなんでしょうね?...まあいいか。
誰か詳しい人がいたらご教示ください。

maria.jpg

考えごと | コメント(0) | トラックバック(0)
震災から2ヶ月が過ぎ、徐々に復興に向かっているところもあれば、
飯館村のように昨日から「計画的避難」が始まって
今後更なる苦境を迎えざるをえないところもある。
土地に根ざして生きている人間にとって、
その土地を追われるというのは生きる糧を奪われることと同じだ。
本当に気の毒で、何もできないのがもどかしい。

エネルギー確保がとても重要だということはよくわかるのだが、
原発を今後どうしていくのか、ということを考えると、
原発がないと日本という国が成り立たないのか?
本当に原発のコストは安いのか?
本当に電気は足りないのか?貯められないのか?
自然エネルギー開発はなぜ進まないのか?
「原子力村」の利権が優先されているだけではないのか?
などなど、一般市民には実際のところどうなのかわからないことが多すぎる。

もっと考えていると、
私たちの暮らしはこんなにエネルギーを消費しないと成り立たないのか?
私たちはどんな世界を目指しているのか?
そもそも人間らしい幸福な暮らしとは?....と
どんどん大きな命題に膨らんでいってしまって、
結局収拾がつかなくなってしまうのだ...。


IMG_0093_1.jpg
世の中 | コメント(0) | トラックバック(0)
 | HOME | Next »