うーん、これは評判通りの、本当にいい映画でした。

リアルで淡々とした描写、ユーモアを交えて基調は明るいトーンで描かれていながらも、誰もが奥底に大きな喪失と悲しみを抱えつつ、必死に日々を生き続けていかねばならないことの切なさ、それゆえに他者にかけるさりげない愛情や思いやり..。そんな空気が物語全編にあふれていて、特に泣かせるような場面でもない何気ない会話の場面やなんかで、何だか急にこみ上げてきて途中何度も目が潤んでしまいました。まさにタイトル通り、この世界の片隅で自分を見つけてもらい、居場所を見つけ、普通に、当たり前に生きていくことのかけがえのなさ、愛おしさが胸に迫ってくる映画です。

おっとりした主人公のすずさんの苦悩や葛藤を吐き出す心の声...「…何が良かったんだろう..?」「そうです、そうです..違います」..には非常に共感したし、すずさんと水原君とのやり取り、機銃掃射の真っ最中の夫との口論、原爆投下の日の朝の、口うるさかった小姑の優しい言葉…などなど、じわじわくる印象的な場面が多数。

アニメーションの絵も柔らかく優しいタッチで、1場面1場面に気を遣って非常に丁寧に作られてますね。例えば彩度を落として描かれた戦時中の街の風景の描写など、とても美しいです。

あと、すずさんの声を演じたのん(能年玲奈)さんの吹替えは、ちょっと不器用で微妙にずれた感じのタイム感が絶妙。コミックを先に読んだ人にとっては賛否両論あるのかもしれませんが、私としてはもう「すずさん=のんさん」でドンピシャOK、という感じでした。その原作のコミックも、今度是非読んでみたいです。

オープニングに流れたコトリンゴさん「悲しくてやりきれない」のカバーも秀逸。



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ツィゴイネルワイゼン

2017/02/24 Fri 18:30

鈴木清順監督が亡くなりました。

清順監督と言えば、私の場合やっぱり「ツィゴイネルワイゼン」
というか、それが全てと言ってもいいくらい。大学に入ってすぐの頃、確かバイト先の社長さんに薦められて観てみたこの映画、それまで映画といえばまあ一般的にアクション・恋愛・サスペンス・SF…といったものしか知らなかった田舎出のガキには非常に衝撃的で、何が何だかわからないながらもこの幻想的で退廃的な世界にすっかりハマってしまいました。少し背伸び気分もあったと思うけど、感性で見る、ありのままで感じることを教えてくれた映画といっていいかもしれません。キャストの原田芳雄、藤田敏八、大楠道代、大谷直子、その他の人たちも、みんな個性たっぷりで濃厚な味があって、ほんと魅力的でした。

その後、三部作ということで「陽炎座」「夢二」も観たけど、やっぱ「ツィゴイネルワイゼン」が一番だなあ。もうずいぶん長い間この映画も見ていないので、監督の訃報を聞いて、というのもなんですが、久しぶりに見たくなってきました。

鈴木清順監督のご冥福をお祈りします。

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昨年末まで新聞で連載されていた金原ひとみさんの小説「クラウドガール」
今どきの若い女の子の2人姉妹が主人公の小説ということで、最初はちょっと馴染めなかったけど、途中から結構引き込まれて読んでました。

最後はちょっと無理やりまとめすぎな印象でしたが、その少し前の段の姉のモノローグが、最近自分が回りの世界の捉え方や受け取り方、人との関わり方のことやなんかで薄ぼんやりと考えていたことを、まるでそのままズバリと書いてあって、個人的にちょっと驚き。

その部分を引用すると、
「…そもそも情報を取捨選択するということは、誤解や偏見込みでものを認識するということに他ならないのだから、そんな選択基準の差異に突っかかって何故あなたはそういう人間なのかと議論することには意味がない。私たちは膨大なデータベースと共に生きていて、もはやそこから決定的な嘘も、決定的な真実も捉えることはできない。(途中略)私たちにできるのは、どの情報を採用するかという選択だけだ。...」

..といったようなことで、小説では、母の衝撃的な死の現場に2人一緒に立ち会いながらも、何年か後にはその場面の2人の記憶が有り得ないほど全く違っていた…というエピソードが描かれています。自分では現実の認識や記憶が他人と有り得ないほど違っていた、という経験はそれほどないけど、何もそこまで極端じゃなくても、人間は限られた分別とか計らいの中で、真実かどうかはともかく自分が捉えたいようにしか世界を捉えられない生き物なんだな、と思うことが近年多くて、何だか最終回のこの姉の言葉が妙に胸に刺さってきました。そんなこと今更気づいたんかい、って言う人もいるかもしれないですが。w

まあそれは置いといて、小説では理知的で冷静で常識的な姉 vs. 奔放で直情的で非常識な妹、という設定なんで一見姉がまともに見えるんですが、読んでいくと実は姉の方がひどい妄想の世界に生きているようにも描かれていて、その辺もまた一筋縄ではいかない感じがして面白かったです。

それにしても最終回が掲載されたのが12月30日なのに、1月6日にもう単行本が出てるんだね。

IMG_0791.jpg
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“The Beatles ~ Eight Days A Week - The Touring Years”
@ユナイテッドシネマ金沢


Eight Days A Week - The Touring Years

観てきました。
ビートルズがライブ活動を行っていた時代に焦点を当てたドキュメンタリー。
当時の社会状況も絡めて、今では考えられないような並外れた熱狂ぶりがダイレクトに伝わってくるいい映画でした。

印象的だったのは、ビートルズのアメリカツアーが有色人種の隔離政策に一石を投じた、という視点で描かれていた場面。ビートルズ側が、「人種隔離されたオーディエンスの前ではパフォーマンスしない」という態度をとったことで、当時南部では当たり前だった人種隔離がひっくり返されたこと。
そりゃそうだよね〜、黒人音楽を敬愛してカバー曲も多数残している彼らにしてみれば、人種隔離なんて絶対にあり得ない話だろうな〜、と。
黒人女優であるウーピー・ゴールドバーグが、貧しかった少女時代に母親にサプライズでシェイ・スタジアム公演に連れて行ってもらった思い出話も泣かせます。

あとは、リバプールのサッカー場で、ごっつい男達が肩を組んで”She Loves You”を合唱していた場面にもびっくり。こんなことがあったんだね〜。

本編のあとに上映された1965年8月15日のシェイ・スタジアム公演、これが最高でした。
30分の編集版ですが、映像も音もリマスタリングされているとのことで、映画館の大音量を浴びてまるでビートルズのライブを追体験しているかのような気分に。(まあ実際のライブは歓声がすごくて演奏はろくに聞こえなかったらしいけどw)

ビートルズのライブといえば、中学生のときに初めてテレビで見た日本公演のショボい音がどうしても記憶に残っていて、ガキの頃はビートルズは演奏が下手なんだとずっと思ってました。リスナーとして成長するにつれ、それが大きな間違いであることに気づいたわけですが、今回の映画を見ても、大歓声の中モニターもなくて自分たちの出してる音もろくに聞こえないようなところで、よくあれだけの完璧なノリを出せるもんだな~と、改めて彼らの叩き上げバンドとしてのとんでもない力量を実感しました。

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漱石が沁みてくる

2016/03/10 Thu 00:05

朝日新聞に(再)連載されていた夏目漱石の「門」が、先日終了しました。
漱石は中高生の頃、国語の勉強というか半ば義務みたいな感じで
少しだけ読んでみたりしてたけど、劇的な話の展開もそれほどないし、
まあガキには難しくて当時は正直良くわからなかったですね。
(それでも「こころ」は結構心に残ったかな。)

でもやっぱりこの歳になって改めてじっくり読んでみると、
その良さや深さがようやく少しだけわかるような気がしてきました。
表現の一言一句、何気ない会話の台詞もやけに心に沁みてくるし、
登場人物の心理描写が自分の心にもリアルに置き換えられるようで、
人格がありありと目の前に立ち上がってくるような感じです。

「門」は今回初めて読んだんだけど、三部作の中でも一番面白かったかな。
奥底に取り返しのつかない非常に暗〜いものが渦巻いていながらも、
日々を諦念の中で淡々と過ごすこの主人公夫婦の佇まいが、
歯痒いながらも何だか一つの理想的な夫婦関係のようにも思えて、
奥さんの御米さんが非常に素敵で魅力的な女性に映ります。
まあちょっと不憫というか、可哀想といえば可哀想なんだけどね。

再連載は「こころ」に始まり、「三四郎」「それから」「門」ときて
今ちょっとだけ「夢十夜」(←これもすごくイイ)をはさんで、
この次は「吾輩は猫である」だそうです。
私としては「吾輩は〜」は割と最近読み直したばっかりなんで、できれば別のが良かったな。
などと勝手なことを言ってみる。
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素粒子論はなぜわかりにくいのか

素粒子論とか宇宙論のような現代物理学の話は好きなんだけど、素人にはやっぱり難しくて理解するのはほとんど不可能だな~と半ばあきらめている状態。それでも少しでもわかりたいものだと思って、これまでもなるべく易しそうな本wをいくつか読んではきたものの、やっぱり雲をつかむようでなかなか難しいですね。

というわけでこの「素粒子論はなぜわかりにくいのか」ですが、一般人にはあまりなじみのない「場」の考え方を易しく解説してくれていて、だいぶ見晴らしが良くなって一歩理解に近づいたような気はする..かな?
「素粒子」はビリヤード玉のような「粒子」ではなく、「場」の振動であり、それが整然とした波動として周囲に伝わるときに「粒子」のようにふるまうこと。
また、粒子のやり取りで力を伝える、といった説明をよく耳にしてきたけど、その粒子というのも計算上の便宜的なものだ、ということですっきりしたし、他の解説書の曖昧で誤解を招くような表現に対しての訂正というか注釈というか、実際の現象に即してなるべく正確に伝えようという配慮が感じられて、もやもやも少し晴れた感はあります。

とはいうもののやっぱり後半は結構難解だし、高校数学までの、それも遠い昔の自分には付録の「素粒子の計算にチャレンジ」もまるでお手上げ..。また文中幾度となく「本当は~なのだが、難しいので…」といった記述が出てきて、相変わらずハードルは高そうです。

素粒子論を厳密に理解して記述する唯一の方法は数式だけで、一般人に説明するために変な喩えを持ち出すのはかえって本質をわかりにくくしてしまう、という意見もあるらしい。
とはいえ、この本で出てくるモニタやバネを比喩にした「場」の説明、これは非常にわかりやすくて良かったです。やっぱり素人は何かに喩えて説明してもらわないと。
でも真の理解にはやっぱり数式の理解が必要、ということになると、この宇宙の真実?かもしれないもの?を垣間見られるのは、高度な知識を得た専門家だけなのか?と、ちょっと寂しい気分にもなってしまうね。

それでも、「物質」もエネルギーを得た「場」のひとつの状態にすぎない、という説明には、目からウロコが落ちて世界の見方がちょっと変わった気分になりました。
結局、「物質」も「現象」のひとつだったのか。「モノ」じゃなくて「コト」みたいな..。
そう言われても現実の生活の中でなかなか実感が湧かないのは、地球で生存する上ではヒトの脳は自分の周りを主に視覚的に、空っぽの空間の中に具体的な3次元の「モノ」があるとして認知した方が便利だし、なかなかそこから抜け出せない、ということなんでしょうね。例えば超弦理論のいう11次元の時空なんて、誰にも具体的にイメージできないですね。
でも科学的な思考や論理の力を使って、そんな風なまったく違った世界像を獲得してきたのもまた同じヒトの脳だし、その辺はまさに智の賜物というか、感覚を超えた人間の思考の特質なんでしょうね。最近たまたまYoutubeで見たリチャード・ドーキンスの講演でもこのような話がされていて、非常に興味深かったです。

そういえば仏教の「空」の思想も、この世界に実体というものはなく、全ては「縁起」という相互作用があるのみ、というような話だったように思うけど(微妙に違ってたらすいません)、何だかこの「場」という概念はそれにちょっと似てるな~、とも思った。
空の思想を大成したといわれる龍樹が素粒子のことまで考えてたわけじゃないだろうけど、最先端の物理学が描く世界像というのが、表現において2,000年も前の思索に似ているというのも面白いです。

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