構造素子

2017年のハヤカワSFコンテスト大賞、樋口恭介さんの「構造素子」

設定や構造が難解というかちょっと複雑で、どんな小説なのか説明するのがなかなか難しいんですが...読み進めていくにつれ様々な思索や空想が喚起される、自分にとってはこれまであまり経験したことのない刺激的な読書体験でした。非常に面白かったです。

ストーリーは、売れないSF作家だった亡き父の未完の草稿を手渡された息子、その草稿から物語が増殖し、展開していく..といったものですが、重層的な物語の中の物語、溢れ出す言葉の宇宙とでも言えばいいのか?決して読みにくくはないですが、なかなか一筋縄ではいかない作品です。

記述すること、言葉を書くことによって創り出されていく世界。それらは書き変えられ、書き加えられたりしながら、量子論でいう可能世界のように、あるいはサイバースペースのメモリを書き換えるように、語り手が変わり、別の世界や違う物語が語られ、そしてまた再帰していく..。読んでるうちに、ひょっとしたら我々のこの世界も、誰かによって記述された仮想の世界なのかも...?と空想してみたり。

物理学、情報科学、数理論理学、生物学、哲学etc.…と過去から現在にいたる様々な学問分野の知見が引用され、同時にエドガー・アラン・ポー、H.G.ウェルズ、ウィリアム・ギブスン..といった過去の文学、SF小説へのオマージュに満ちています。

終盤は、言葉と記憶、生と死をめぐるまるで詩のような哲学的な思索によって物語が静かに語り終えられ、深い余韻も感じました。全体的に1度読んだだけではなかなか消化できない深さがあるので、もっと読み込んでみたいです。

それにしてもこれだけ多くの要素を詰め込んだ小説なのに、作者はまだ20代ということでさらに驚き。まるでこの作品に作者のそれまでの全てを注ぎ込んだような印象も受けましたが、次回作は一体どんな作品になるのか? 非常に楽しみ。

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うーん、これは評判通りの、本当にいい映画でした。

リアルで淡々とした描写、ユーモアを交えて基調は明るいトーンで描かれていながらも、誰もが奥底に大きな喪失と悲しみを抱えつつ、必死に日々を生き続けていかねばならないことの切なさ、それゆえに他者にかけるさりげない愛情や思いやり..。そんな空気が物語全編にあふれていて、特に泣かせるような場面でもない何気ない会話の場面やなんかで、何だか急にこみ上げてきて途中何度も目が潤んでしまいました。まさにタイトル通り、この世界の片隅で自分を見つけてもらい、居場所を見つけ、普通に、当たり前に生きていくことのかけがえのなさ、愛おしさが胸に迫ってくる映画です。

おっとりした主人公のすずさんの苦悩や葛藤を吐き出す心の声...「…何が良かったんだろう..?」「そうです、そうです..違います」..には非常に共感したし、すずさんと水原君とのやり取り、機銃掃射の真っ最中の夫との口論、原爆投下の日の朝の、口うるさかった小姑の優しい言葉…などなど、じわじわくる印象的な場面が多数。

アニメーションの絵も柔らかく優しいタッチで、1場面1場面に気を遣って非常に丁寧に作られてますね。例えば彩度を落として描かれた戦時中の街の風景の描写など、とても美しいです。

あと、すずさんの声を演じたのん(能年玲奈)さんの吹替えは、ちょっと不器用で微妙にずれた感じのタイム感が絶妙。コミックを先に読んだ人にとっては賛否両論あるのかもしれませんが、私としてはもう「すずさん=のんさん」でドンピシャOK、という感じでした。その原作のコミックも、今度是非読んでみたいです。

オープニングに流れたコトリンゴさん「悲しくてやりきれない」のカバーも秀逸。



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ツィゴイネルワイゼン

2017/02/24 Fri 18:30

鈴木清順監督が亡くなりました。

清順監督と言えば、私の場合やっぱり「ツィゴイネルワイゼン」
というか、それが全てと言ってもいいくらい。大学に入ってすぐの頃、確かバイト先の社長さんに薦められて観てみたこの映画、それまで映画といえばまあ一般的にアクション・恋愛・サスペンス・SF…といったものしか知らなかった田舎出のガキには非常に衝撃的で、何が何だかわからないながらもこの幻想的で退廃的な世界にすっかりハマってしまいました。少し背伸び気分もあったと思うけど、感性で見る、ありのままで感じることを教えてくれた映画といっていいかもしれません。キャストの原田芳雄、藤田敏八、大楠道代、大谷直子、その他の人たちも、みんな個性たっぷりで濃厚な味があって、ほんと魅力的でした。

その後、三部作ということで「陽炎座」「夢二」も観たけど、やっぱ「ツィゴイネルワイゼン」が一番だなあ。もうずいぶん長い間この映画も見ていないので、監督の訃報を聞いて、というのもなんですが、久しぶりに見たくなってきました。

鈴木清順監督のご冥福をお祈りします。

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昨年末まで新聞で連載されていた金原ひとみさんの小説「クラウドガール」
今どきの若い女の子の2人姉妹が主人公の小説ということで、最初はちょっと馴染めなかったけど、途中から結構引き込まれて読んでました。

最後はちょっと無理やりまとめすぎな印象でしたが、その少し前の段の姉のモノローグが、最近自分が回りの世界の捉え方や受け取り方、人との関わり方のことやなんかで薄ぼんやりと考えていたことを、まるでそのままズバリと書いてあって、個人的にちょっと驚き。

その部分を引用すると、
「…そもそも情報を取捨選択するということは、誤解や偏見込みでものを認識するということに他ならないのだから、そんな選択基準の差異に突っかかって何故あなたはそういう人間なのかと議論することには意味がない。私たちは膨大なデータベースと共に生きていて、もはやそこから決定的な嘘も、決定的な真実も捉えることはできない。(途中略)私たちにできるのは、どの情報を採用するかという選択だけだ。...」

..といったようなことで、小説では、母の衝撃的な死の現場に2人一緒に立ち会いながらも、何年か後にはその場面の2人の記憶が有り得ないほど全く違っていた…というエピソードが描かれています。自分では現実の認識や記憶が他人と有り得ないほど違っていた、という経験はそれほどないけど、何もそこまで極端じゃなくても、人間は限られた分別とか計らいの中で、真実かどうかはともかく自分が捉えたいようにしか世界を捉えられない生き物なんだな、と思うことが近年多くて、何だか最終回のこの姉の言葉が妙に胸に刺さってきました。そんなこと今更気づいたんかい、って言う人もいるかもしれないですが。w

まあそれは置いといて、小説では理知的で冷静で常識的な姉 vs. 奔放で直情的で非常識な妹、という設定なんで一見姉がまともに見えるんですが、読んでいくと実は姉の方がひどい妄想の世界に生きているようにも描かれていて、その辺もまた一筋縄ではいかない感じがして面白かったです。

それにしても最終回が掲載されたのが12月30日なのに、1月6日にもう単行本が出てるんだね。

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“The Beatles ~ Eight Days A Week - The Touring Years”
@ユナイテッドシネマ金沢


Eight Days A Week - The Touring Years

観てきました。
ビートルズがライブ活動を行っていた時代に焦点を当てたドキュメンタリー。
当時の社会状況も絡めて、今では考えられないような並外れた熱狂ぶりがダイレクトに伝わってくるいい映画でした。

印象的だったのは、ビートルズのアメリカツアーが有色人種の隔離政策に一石を投じた、という視点で描かれていた場面。ビートルズ側が、「人種隔離されたオーディエンスの前ではパフォーマンスしない」という態度をとったことで、当時南部では当たり前だった人種隔離がひっくり返されたこと。
そりゃそうだよね〜、黒人音楽を敬愛してカバー曲も多数残している彼らにしてみれば、人種隔離なんて絶対にあり得ない話だろうな〜、と。
黒人女優であるウーピー・ゴールドバーグが、貧しかった少女時代に母親にサプライズでシェイ・スタジアム公演に連れて行ってもらった思い出話も泣かせます。

あとは、リバプールのサッカー場で、ごっつい男達が肩を組んで”She Loves You”を合唱していた場面にもびっくり。こんなことがあったんだね〜。

本編のあとに上映された1965年8月15日のシェイ・スタジアム公演、これが最高でした。
30分の編集版ですが、映像も音もリマスタリングされているとのことで、映画館の大音量を浴びてまるでビートルズのライブを追体験しているかのような気分に。(まあ実際のライブは歓声がすごくて演奏はろくに聞こえなかったらしいけどw)

ビートルズのライブといえば、中学生のときに初めてテレビで見た日本公演のショボい音がどうしても記憶に残っていて、ガキの頃はビートルズは演奏が下手なんだとずっと思ってました。リスナーとして成長するにつれ、それが大きな間違いであることに気づいたわけですが、今回の映画を見ても、大歓声の中モニターもなくて自分たちの出してる音もろくに聞こえないようなところで、よくあれだけの完璧なノリを出せるもんだな~と、改めて彼らの叩き上げバンドとしてのとんでもない力量を実感しました。

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漱石が沁みてくる

2016/03/10 Thu 00:05

朝日新聞に(再)連載されていた夏目漱石の「門」が、先日終了しました。
漱石は中高生の頃、国語の勉強というか半ば義務みたいな感じで
少しだけ読んでみたりしてたけど、劇的な話の展開もそれほどないし、
まあガキには難しくて当時は正直良くわからなかったですね。
(それでも「こころ」は結構心に残ったかな。)

でもやっぱりこの歳になって改めてじっくり読んでみると、
その良さや深さがようやく少しだけわかるような気がしてきました。
表現の一言一句、何気ない会話の台詞もやけに心に沁みてくるし、
登場人物の心理描写が自分の心にもリアルに置き換えられるようで、
人格がありありと目の前に立ち上がってくるような感じです。

「門」は今回初めて読んだんだけど、三部作の中でも一番面白かったかな。
奥底に取り返しのつかない非常に暗〜いものが渦巻いていながらも、
日々を諦念の中で淡々と過ごすこの主人公夫婦の佇まいが、
歯痒いながらも何だか一つの理想的な夫婦関係のようにも思えて、
奥さんの御米さんが非常に素敵で魅力的な女性に映ります。
まあちょっと不憫というか、可哀想といえば可哀想なんだけどね。

再連載は「こころ」に始まり、「三四郎」「それから」「門」ときて
今ちょっとだけ「夢十夜」(←これもすごくイイ)をはさんで、
この次は「吾輩は猫である」だそうです。
私としては「吾輩は〜」は割と最近読み直したばっかりなんで、できれば別のが良かったな。
などと勝手なことを言ってみる。
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