「遺言。」養老孟司を読む

2018/03/27 Tue 20:34

遺言。養老孟司

養老さんの本は相変わらず面白いですね。この「遺言。」では、「違うこと=感覚所与」と「同じにしようとすること=意識」の対立を軸に、動物と人間、言葉、音楽、アート、科学、コンピュータ、社会問題…と様々に話が展開していきます。中でもその視点からのアート、建築と共有空間の捉え方は新鮮でした。一般向けの新書ということでかなり論理も単純化して書かれていて、いつもながらスパスパと小気味良いテンポで話が進むんですぐに読めるけど、内容は非常に奥が深いです。

個人的には、9章の時間に関する話の中で、時空は意識が創り出した基本的な概念である…というところに引っかかりました。曰く、「時空とは、時間を内在する聴覚運動系と、時間を内在しない視覚系を折り合わせるために、意識の内部に発生した。」ということで、ゼノンの有名なパラドックス「アキレスと亀」を例に挙げています。なるほど、このパラドックスにこういう説明があるのか…と納得。

時間といえば、時間についての著書が多い物理のハッシー君こと橋元淳一郎さんの著書を読んだときも、時間も空間も真の実在ではなく、人間の認識がつくり出したものにすぎないのではないか?…といったことが書かれていて、それを読んで以来世界の見方が少し変わったような気がしてますが、まあ時空のことを考え出すともうかなりややこしい話になってくるので、これはこれでまた別に学習してみたいです。

ちなみにこの本のタイトルは「遺言。」となってますが、養老先生は当面あの世へ行く予定はなく、これは遺言1.0とのこと。というわけでこれからもまだまだ元気で活躍していただいて、遺言2.0、3.0…にも期待。

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ソラリスの海に浸る

2018/02/28 Wed 21:11

スタニスワフ・レムの小説「ソラリス」を読み、その後タルコフスキーの「惑星ソラリス」、続いてソダーバーグの「ソラリス」を観る。(若干ネタばれあり)

ソラリス

三者三様どれも面白かったですが、やはり原作の小説(ハヤカワ文庫の沼野充義さんの訳で読みました)が一番良かったかな。人間と全く異なる知性と接触したときに何が起こるか?意思の疎通が可能なのか?こんな問いは他の知的生命体と遭遇しない限りは検証不可能だし、実際に遭遇する可能性も今のところかなり低いですね。だからレムは知識と想像力を駆使して、この小説の中で一つの答えの可能性を提示しているわけですが、アイディアもストーリーも最高に面白いです。以前の翻訳ではカットされていたという「ソラリス学」についての説明が延々と続く部分、ここはちょっとマニアックで読みにくいけど、結構この作品の土台を支える部分なんじゃないか?と。

タルコフスキーの映画は、だいぶ若いときに「ストーカー」と「サクリファイス」を観た記憶があるけど、案の定どっちも途中で睡魔に襲われ、内容はあまり覚えてない..(笑)。でも今回の「惑星ソラリス」は、原作を読んだ直後だったこともあって最後まで集中して楽しめました。原作者のレムの言いたかったこととはだいぶ方向性が違うということで、二人は喧嘩別れしてしまったそうですが、いつもながらの瞑想的な雰囲気と映像の美しさはやはり素晴らしく、更にはロシア人でもないのになぜかこの風景へ感じる深い郷愁…。最後にクリスは故郷の我が家、家族のもとへと帰って行きますが、実はこれもソラリスの海が作った幻。映画を見終わったあと、人は二度と取り戻せないもの、取り戻せない時間を積み上げた挙句、最後はどこへ向かって生きていくのだろうなあ…との想いが湧いてきました。
それと、小説を読んで私がイメージしていたハリーとはちょっと違ってたけど、ハリー役のナタリア・ボンダルチュクさんが美しいです。

ソダーバーグの「ソラリス」は、良くも悪くもハリウッド的といえばそうなのかもしれないけど、こちらも原作とは異なる展開や味付けがかなり面白かったです。ちなみにレムはこの映画を観てもいないのに、伝聞だけでケナしてたそうですが...(笑)
終盤が原作とはまるで違っていて、この映画独自のテーマが最後にはっきりと浮かび上がってきます。自分が見ている現実とは一体何なのか?終いには自分自身すらその実体が一体何なのか、本当に存在しているのかどうかわからなくなってくるドラマチックな展開は、人間について結構深い問いを投げかけているように思います。

映画の方は2作とも、硬質で理知的なレムの原作に比べると、タルコフスキーは家族や郷愁、ソダーバーグは愛情や人のつながりといった、より人間の心情にフォーカスした作りになってますね。レムはどちらも不満みたいだったけど、これはこれで小説とはまた別の一つの作品として面白く、十分ありだと思いました。というより、やはりレムの原作が、イマジネーションを刺激する奥深いテーマと豊富な内容を含んでいるから、様々な解釈や展開を可能にしてるんじゃないかな。
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大杉漣さんの冥福を祈る

2018/02/22 Thu 22:47

大杉漣さんが突然亡くなってしまいました。
存在感のある渋い俳優さんで、昔からすごく好きだったんでとても残念。

もうだいぶ前ですが、無人島に1枚だけレコードを持って行くとしたら何を選ぶか?という企画の「無人島レコード」というムックがあり、その中に大杉さんも入っていて、選んでいたのがBruce Springsteenの”Nebraska”でした。

私も無論”Nebraska”は大好きだったんですが、とはいえこの地味〜で陰鬱なアルバムを無人島の1枚に選ぶ大杉さんという人、一体どんな人なんだろう?と気になる存在になりました。
そのエッセイによると、下積み時代に劇団員としてアメリカを廻っていたとき、立ち寄ったレコード店でのちょっとしたハプニングをきっかけに”Nebraska”のCDを買い、ずっとそればかり聞きながら大陸を移動していたそうです。アルバムに絡めた大杉さんの当時の気持ちが綴られたそのエッセイが、すごくカッコよくて印象的で、記憶に残っています。

どんな役をやってもどれもいい感じでハマっていて、ほんと雰囲気のある役者さんでした。ニュースによるとその日も元気だったのに急に亡くなってしまったそうで、人ってあっけなく逝ってしまうもんなんだなあ、と...。

大杉漣さんのご冥福をお祈りします。

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構造素子

2017年のハヤカワSFコンテスト大賞、樋口恭介さんの「構造素子」

設定や構造が難解というかちょっと複雑で、どんな小説なのか説明するのがなかなか難しいんですが...読み進めていくにつれ様々な思索や空想が喚起される、自分にとってはこれまであまり経験したことのない刺激的な読書体験でした。非常に面白かったです。

ストーリーは、売れないSF作家だった亡き父の未完の草稿を手渡された息子、その草稿から物語が増殖し、展開していく..といったものですが、重層的な物語の中の物語、溢れ出す言葉の宇宙とでも言えばいいのか?決して読みにくくはないですが、なかなか一筋縄ではいかない作品です。

記述すること、言葉を書くことによって創り出されていく世界。それらは書き変えられ、書き加えられたりしながら、量子論でいう可能世界のように、あるいはサイバースペースのメモリを書き換えるように、語り手が変わり、別の世界や違う物語が語られ、そしてまた再帰していく..。読んでるうちに、ひょっとしたら我々のこの世界も、誰かによって記述された仮想の世界なのかも...?と空想してみたり。

物理学、情報科学、数理論理学、生物学、哲学etc.…と過去から現在にいたる様々な学問分野の知見が引用され、同時にエドガー・アラン・ポー、H.G.ウェルズ、ウィリアム・ギブスン..といった過去の文学、SF小説へのオマージュに満ちています。

終盤は、言葉と記憶、生と死をめぐるまるで詩のような哲学的な思索によって物語が静かに語り終えられ、深い余韻も感じました。全体的に1度読んだだけではなかなか消化できない深さがあるので、もっと読み込んでみたいです。

それにしてもこれだけ多くの要素を詰め込んだ小説なのに、作者はまだ20代ということでさらに驚き。まるでこの作品に作者のそれまでの全てを注ぎ込んだような印象も受けましたが、次回作は一体どんな作品になるのか? 非常に楽しみ。

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うーん、これは評判通りの、本当にいい映画でした。

リアルで淡々とした描写、ユーモアを交えて基調は明るいトーンで描かれていながらも、誰もが奥底に大きな喪失と悲しみを抱えつつ、必死に日々を生き続けていかねばならないことの切なさ、それゆえに他者にかけるさりげない愛情や思いやり..。そんな空気が物語全編にあふれていて、特に泣かせるような場面でもない何気ない会話の場面やなんかで、何だか急にこみ上げてきて途中何度も目が潤んでしまいました。まさにタイトル通り、この世界の片隅で自分を見つけてもらい、居場所を見つけ、普通に、当たり前に生きていくことのかけがえのなさ、愛おしさが胸に迫ってくる映画です。

おっとりした主人公のすずさんの苦悩や葛藤を吐き出す心の声...「…何が良かったんだろう..?」「そうです、そうです..違います」..には非常に共感したし、すずさんと水原君とのやり取り、機銃掃射の真っ最中の夫との口論、原爆投下の日の朝の、口うるさかった小姑の優しい言葉…などなど、じわじわくる印象的な場面が多数。

アニメーションの絵も柔らかく優しいタッチで、1場面1場面に気を遣って非常に丁寧に作られてますね。例えば彩度を落として描かれた戦時中の街の風景の描写など、とても美しいです。

あと、すずさんの声を演じたのん(能年玲奈)さんの吹替えは、ちょっと不器用で微妙にずれた感じのタイム感が絶妙。コミックを先に読んだ人にとっては賛否両論あるのかもしれませんが、私としてはもう「すずさん=のんさん」でドンピシャOK、という感じでした。その原作のコミックも、今度是非読んでみたいです。

オープニングに流れたコトリンゴさん「悲しくてやりきれない」のカバーも秀逸。



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ツィゴイネルワイゼン

2017/02/24 Fri 18:30

鈴木清順監督が亡くなりました。

清順監督と言えば、私の場合やっぱり「ツィゴイネルワイゼン」
というか、それが全てと言ってもいいくらい。大学に入ってすぐの頃、確かバイト先の社長さんに薦められて観てみたこの映画、それまで映画といえばまあ一般的にアクション・恋愛・サスペンス・SF…といったものしか知らなかった田舎出のガキには非常に衝撃的で、何が何だかわからないながらもこの幻想的で退廃的な世界にすっかりハマってしまいました。少し背伸び気分もあったと思うけど、感性で見る、ありのままで感じることを教えてくれた映画といっていいかもしれません。キャストの原田芳雄、藤田敏八、大楠道代、大谷直子、その他の人たちも、みんな個性たっぷりで濃厚な味があって、ほんと魅力的でした。

その後、三部作ということで「陽炎座」「夢二」も観たけど、やっぱ「ツィゴイネルワイゼン」が一番だなあ。もうずいぶん長い間この映画も見ていないので、監督の訃報を聞いて、というのもなんですが、久しぶりに見たくなってきました。

鈴木清順監督のご冥福をお祈りします。

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